世界史の扉をあけると2

<世界史の扉をあけると>の続編です

★2021共通テスト「世界史B 」問題分析【とても評価できますが、問題点も】<1/21まで更新>

※最終更新 2021/01/21  19:57 

 

◆ようやく、私が長年望んできた出題形式になりました。試行テストと同じく、多角的に歴史を考えさせる問題になっていたと思います。史料・資料が多彩で(『史記』、『デカメロン』、マルク・ブロック、ジョージ・オーウェル、植民地行政官の覚書、金貨鋳造量のグラフなど)、歴史への向き合い方を示唆していました。設問もかなり工夫されていました。出題者の方々が力を入れて作成した問題であることがわかります。若干、史料文の読解力を問う方向に傾斜してしまいましたが。

 

◆ただ問題点もありました。大きく二つあげたいと思います。一つ目は、出題地域の偏りです。もう少し目配りが必要でした。二つ目は、取り上げた出来事の偏りです。これはやむを得ないことだとは思いますが、歴史の見方に関わりますし、社会的な反響があるかも知れませんので、一応述べておきます。

 

<一つ目の問題点:地域の偏り>

 

◆たいへん残念なことに、出題地域に偏りが見られました。ヨーロッパと中国、インドが中心で、イスラーム世界の出題は少なくなりました。バルカン半島や朝鮮の近代史の出題は良かったと思いますが、古代オリエント~近世の西アジア・エジプト、アフリカ、中央アジア、東南アジア、ラテンアメリカカリブ海地域、オセアニアは等閑視される形になりました(わずかに近代メキシコが選択肢の一つにありました)。出題者の方々は、地域的バランスを考えるよりも、設問の形式の工夫のほうに集中してしまったようです。結果として、ヨーロッパ・中国・インドを重視する、古くからの歴史観が(多分無意識のうちに)色濃く出てしまいました。もしアフリカ、ラテンアメリカ、東南アジアなどから1つだけでも史料(資料)が出題されれば、問題全体の雰囲気も違っていたでしょう。すべての地域を網羅することはできないにしても、いま求められている世界史像を踏まえながら、できるだけ多様な地域から出題してほしかったと思います。

 

<二つ目の問題点:「支配-被支配」や「対立」に重点>

 

◆「支配-被支配」、「国と国、勢力と勢力の対立」に関わる出題が多かったと思います。第4問Cのように、すばらしい出題もありました。

 ただ、私が述べるまでもありませんが、歴史を見る場合、「交流・協調」や「移動・伝播・変容」、「獲得してきたこと」等に着目することも大切です。たとえば、<交易やその中で行われる異文化間交流>、<人・モノ・文化の移動とその影響>、<文字や技術・科学的知識・民主主義思想等の獲得やその広がり>などです。また「支配-被支配」という関係の中にあっても、文化の交流や伝播・変容、そして「獲得」(たとえば民主主義思想の摂取による植民地の独立、自由・平等の深化による女性の権利拡大)は起こってきました。歴史においては、ネガティブな状況の中からもポジティブなものが生まれてきます。このような「歴史の果実」にも目配りがあれば、さらに良い問題になったと思います。

 今回の出題は、やや「支配-被支配」、「対立」に偏っていました。多分、出題者の方々の、世界や日本の現状への強い危機感が表れたのだと思います。また、学生たちにリベラルな批判的思考力を求めていることも、よくわかります。私も、同じような思いを持っています。ただ、共通テストにおいてそれらを強く感じさせる出題をするのは、あまり好ましいことではないでしょう。若干の危惧を持ちましたので、あえて述べさせていただきました。

 

◆史料文が長く、設問もセンター試験より複雑になりましたので、受験生はてこずったことでしょう。昨年と比べて、平均点は下がると思います(*)。大学での学びには世界史の知識・理解が必須ですので、高校生が世界史を積極的に選択するよう願っています。

 

【1/21追記】

(*)予想は、はずれたようです。大学入試センターの平均点中間発表(1/20)によれば、昨年のセンター試験を上回っています[中間発表65.79、昨年最終62.97]。最終的にはもう少し下がるかと思いますが、受験生は健闘しました。予想問題集や模擬試験で、出題傾向には慣れていたのでしょう。多様な地域からの出題ではなかったことも、受験生には幸いしたと思われます。