世界史の扉をあけると2

<世界史の扉をあけると>の続編です

★1787年、アメリカは共和政を選んだ[最終更新 2026/6/21 ]

 

◆愚かなトランプのイラン攻撃は、世界に原油高騰という混乱をもたらしたまま、またアメリカに何の成果もたらさないまま、一応停戦となりました。イランは、最高指導者を殺害されながらも、百数十人の小学生の命を奪われながらも、大国アメリカに対抗できることを世界中に示したと言えるでしょう。

 

◆アメリカはまもなく独立記念日を迎えます。独立宣言発表(1776年7月4日)から250年という記念すべき年に、トランプが大統領であることはアメリカの不幸と言わざるを得ません。独立宣言の精神をまったく理解していない男ですから。それでも、自分のために独立250周年を利用するのでしょうけれど。

 

◆独立達成の1783年(パリ条約)以降、アメリカの指導者たちはどのような国をつくるべきか、激しい議論を続けました。その議論は、4年後の1787年、アメリカ合衆国憲法となって結実しました。

 

◆アメリカ合衆国憲法の骨格は三権分立ですが(トランプはこれさえもないがしろにしようとしています)、その前提として、王政ではなく共和政を選択したことはきわめて重要です。まだフランス革命は起こっておらず、ほとんどのヨーロッパ諸国が王政だったにもかかわらず、です。ヨーロッパ諸国は驚きをもってアメリカの政体選択を見たのでしたが、この選択は独立戦争がイギリス国王に対する戦い、王政の過ちに対する戦いだったことを物語るものでした。アメリカ13植民地の独立とは、 Kingdom からの離脱にほかなりませんでした。

 

◆アメリカの人々が、王政的な(あるいは帝政的な)共和政を志向せず、独立宣言と共和政による建国に誇りを持って、トランプ以後の歴史を刻んでいくことを願っています。

★もう一度勉強できるかな、シモーヌ・ヴェイユ

 

 田辺保の著書や橋本一明の文章を読んで以来、20世紀のフランスの思想家シモーヌ・ヴェイユのことはずっと気になっていました。

 

 でも、まさか、シモーヌ・ヴェイユを詠んだ俳句に出会うとは、思ってもみませんでした(佐々木眞の句[朝日俳壇、2026年6月7日])。シモーヌ・ヴェイユに捧げられた赤薔薇があることも、初めて知りました。

 

 ヴェイユがあまりにも純粋で、観念的で、しかも自己犠牲的・行動的であるため、近年はずっと敬遠してきました。ヴェイユの思想・行動の根っこにはギリシア思想やキリスト教があることは理解してきましたが、私たちの多くに根付く「諸行無常」や「虚実皮膜の間」というような心情とはかけ離れていると考えてきました。しかし、とても気になる思想家であることは事実です。冨原真弓の後を受けたかたちで、精力的にヴェイユを紹介している今村純子の著書を読んで、もう一度勉強してみようかなと思っています。

 

 朝日俳壇の選者小林貴子がシモーヌ・ヴェイユを「フランスの女性政治家」と書いていたのには驚かされました。ひどい間違いです。編集者も気づかなかったとは……。

★イランの歴史的・文化的バックグラウンド【最終更新2026/4/30】

 

★イラン情勢について述べた三牧聖子のインタビュー記事の中に次のような一節がありました。

 

  「(アメリカの)恫喝的な交渉は文明や歴史に強い誇りを持つイランには通用しないと証明されつつある。」 【朝日新聞、2026年4月23日付】

 

★イランのバックグラウンドに触れた見方は少なかったのですが、三牧の指摘は適切でした。

 

★イラン人(ペルシア人)は古代から大帝国を築き、文明を発達させてきました。アケメネス朝ペルシア(前550~前330)[*1]やササン朝ペルシア(224~651)[*2]が、その代表的な例です。トランプに言っても無駄だと思いますが、古代や中世の歴史がないアメリカ合衆国は、歴史的厚みを持ったイランという国に本来は敬意をはらうべきでしょう。

 

[*1]オリエントを本格的に統一しました。ギリシアのアレクサンドロス大王によって滅ぼされ、ヘレニズム時代に入りますが、パルティアを経てササン朝でペルシア文化は復興し花開きました。

[*2]よく知られているように、ササン朝ペルシアの文化が唐を経て奈良時代の日本にも伝来したことは、正倉院御物などからわかります。

 

★7世紀半ばにササン朝が新興のアラブ・イスラーム軍に敗れた後、イラン人(ペルシア人)は徐々にイスラーム化していきましたが、イスラーム化した後も独自の文化が展開されたことは、きわめて重要です[*3]。

 

 「ペルシア人はイスラーム文化形成の有力な貢献者として、神学、哲学、言語学、歴史学、地理学、医学、天文学、数学、理化学など諸学の発展に大いなる寄与をした。(中略)9世紀後半から15世紀末までに、ペルシア文学の黄金時代が築かれ、幾多の優れた詩人、文人が輩出した。芸術面では建築、陶器、織物、絨毯、絵画、書道、金属器具などにおいて、(中略)豊かな芸術的才能がいかんなく発揮された。」  【『世界史小辞典』(山川出版社)】

 

[*3]「イスラーム化」という語は誤解を招きやすいのですが、ペルシア文明をはじめ先行の諸文明を学んだのはアラブ人のほうでした。

 

★このような歴史の中でペルシア語は、アラビア語から語彙や文字を取り入れながらも、独自性を失うことはありませんでした。ヨーロッパの一時期のフランス語のように、中世から近世にかけて、ペルシア語は西アジアから中央アジア、南アジア北部で大きな影響力を持ちました。

 

★現在のイラン・イスラーム共和国(1979~)の直接的な起源は、シーア派が国教とされたサファヴィー朝(1501~1736)に求められますが[*4]、紀元前にさかのぼる歴史と文明に、イラン人は強い誇りを持っているのです。

 

[*4]その後19世紀に、イランはロシアとイギリスの影響下におかれました。しかし、アラブ人地域とは異なり、何とか独立を維持しました。このことも、現在のイラン人の誇りにつながっていると思います。

 

★イランの歴史的・文化的厚みと人々の誇りは、半世紀に及ぶ強圧的な<イスラーム法学者+革命防衛隊>体制への批判(たとえばヴェール不着用の自由の要求)となっても、表れていると思われます。

 

●ベトナム戦争時のホー・チ・ミンの演説から考えるイラン情勢

 

●アメリカ・イスラエルのイラン攻撃から1か月余り。戦力に勝るアメリカ・イスラエルですが、イランは「石油戦略」をとり、徹底抗戦を叫んでいます。イランによるアメリカ軍機の撃墜というニュースも入ってきました。アメリカ・イスラエルは泥沼へと足を踏み入れることになるかもしれません。

 

●ベトナム戦争時のホー・チ・ミンの演説は、現在のイラン情勢を考えるうえで示唆に富みますので、紹介することにしました。

 

▼1966年(ベトナム戦争開始の翌年[アメリカが北ベトナムへの爆撃を開始した翌年])、南ベトナム解放民族戦線を支援する北ベトナム(ベトナム民主共和国)の大統領ホー・チ・ミンは次のような演説を行いました。

 

 「戦争は5年、10年、20年、あるいはそれ以上長引くかもしれない…だが、ベトナム人民は決しておそれはしない。独立と自由より尊いものはないのだ…ジョンソン大統領、あなたは今、アメリカと世界の人民の前に、次のことに対する回答を公開すべきである…ベトナムの軍隊が海を越えてアメリカを侵略し、アメリカ人を殺害しているのか、それともアメリカ政府がアメリカの軍隊を送ってベトナムを侵略し、ベトナム人を殺害しているのかということをである。」 【『新詳世界史探求』(帝国書院)より】

 

●当時の北ベトナムと南ベトナム解放民族戦線も、徹底抗戦の姿勢を崩しませんでした。演説の中の「ジョンソン」をトランプに、「ベトナム」をイランに置き換えて考えることができると思います。

 

▼当初世界の多くの人々はアメリカ軍がベトナムで苦戦するとは考えもしませんでしたが、戦争は泥沼化しました。アメリカ軍は、村を焼き払ったり枯葉剤をまいたりする蛮行を繰り返しました。しかし、南ベトナム(ベトナム共和国)を勝利に導くことはできませんでした。結局、アメリカ軍はベトナムからの撤退を余儀なくされました。1973年のことです。1975年には南ベトナムの首都サイゴンが陥落し、現在のベトナム社会主義共和国が成立しました。

 

●トランプという人は、歴史から何も学んでいないようです。

▼高市・トランプ会談-とりあえずの感想[2026.3.20 22:24]-

 

▼日本時間のきょう未明、最悪のタイミングで最悪の大統領と会談した高市首相。イランが封鎖しているホルムズ海峡への艦船派遣を約束させられるのではないかと心配されましたが、とりあえずなんとか回避できたようです。

 

▼高市首相は、トランプをうまくおだてて(「世界に平和と繁栄をもたらすことができるのは、ドナルド、あなただけです」)、日本からのアメリカへの投資拡大を約束しながら、乗り切ったようです。高市首相とトランプの個人的関係の強さを評価する見方が強いようですが、トランプに「媚びへつらう外交」だったと言ってもいいでしょう。日本の哀れな対米従属のすがたが世界中に報じられたのです。

 

▼ホルムズ海峡の安全航行について「日本には責任がある」とトランプから何度も言われたようです。機雷除去の掃海艇派遣など、何らかの約束をした可能性もあります。ホルムズ海峡の安全航行について「責任がある」のは、勝手にイラン攻撃を始めたアメリカとイスラエルにほかならないのですが。

 

▼第4次中東戦争(1973)で産油国は石油戦略を発動しました。その結果(第1次)石油ショックが起きたのですが、トランプは歴史を学んでいなかったのでしょう。石油が武器となることを、理解していませんでした。ホルムズ海峡の封鎖という事態を想定できなかったトランプの杜撰さには、驚かされます。

 

▼今回の会談で高市首相は、アメリカが戦争終結に向かうよう、強力にはたらきかけたのでしょうか? 戦争が長引けば、アメリカを含む各国で物価高騰が続くでしょう。ガソリンなどの価格上昇を抑える日本政府の政策にも、限界があります。日本の石油備蓄が底をつく可能性すらあるのですから。

 

※限られた情報の中での、素人のとりあえずの感想です。

★吉川幸次郎の本を初めて読んでみました

 

◆中国文学の碩学吉川幸次郎の『古典について』 (講談社学術文庫、2021[原本は筑摩書房、1966])を読んでみました。以前から多少関心のあった、江戸時代の思想家について書かれた本だったからです。

 

◆吉川は「徳川時代の最も偉大な思想家として三人をあげよといわれるならば、伊藤仁斎、荻生徂徠、本居宣長、この三人の名をあげることに、私はちゅうちょせぬであろう」と述べていました。

 

◆伊藤仁斎と荻生徂徠は儒学者(当時の中国学者)ですから当然ですが、国学者として名高い本居宣長をあげているのは意外でした。吉川は、徂徠の学問の方法を受け継いだ思想家として、宣長を高く評価していました。宣長の学問は「何事も古書によりて、その本を考へ上代の事をつまびらかに明らむる学問」(『うひ山ぶみ』)でした。

 

◆しかも宣長は儒学をもきちんと学んでいました。吉川は「中国の事象に対する見解の正しさは、当時の群儒を抜くものであると感ぜられる」と述べていました。宣長は「漢意(からごころ)」の排除を主張した単なるナショナリストではなかったのです。

 

◆吉川幸次郎『古典について』は、60年前に出版されたとは思えないほどすばらしい本でした(私が無知だっただけなのですが)。本居宣長についてもっと学んでみなければ、と思っています。

 

※蛇足ですが、吉川幸次郎は京都大学で教えながら、1970年前後の大学闘争をどう見ていたのでしょうか? 弟子だった中国文学者・作家の高橋和巳をどう見ていたのでしょうか?

▼イランから多数の難民か(アメリカ・イスラエルのイラン攻撃)[2026.3.4 11:32]

 

▼BBCが車で避難するイラン国民の様子を報じていました。国外への避難が始まっています。

 

▼もし多数の避難民が発生すると、イラクやアゼルバイジャン、トルコ、加えてヨーロッパ諸国は大変なことになります。イランの人口は9,000万人ですので、1%が避難するだけでも90万人になります。5%になれば450万人に達します。

 

▼トランプとネタニヤフは、大量の難民発生という事態に対する責任を問われることになるでしょう。

 

▼宗派の問題があります。イラン人はほとんどがシーア派です。イラクやアゼルバイジャンはシーア派住民が多いですが、アゼルバイジャンは難民を受け入れる国力が限定的だと思います。トルコはスンナ派住民が多数です。緊急の人道問題ですので、宗派は不問に付されるとは思いますが。またロシアは、もしかしたら、男子がウクライナに対する戦闘員となることを条件に難民を受け入れるかもしれません。

 

※CNNは、すでに Middle  East  War という表現を使っています。

 

※もし「台湾有事」が起きれば、同じ現象が発生するでしょう。台湾から多数の避難民が日本に来ることが予想されます。危険にさらされる沖縄からも本土への避難があるでしょう。米軍基地や自衛隊基地が危険にさらされる可能性についてはきのうの記事で書きましたが、どう考えても、高市発言はきわめて軽率だったと思います。