世界史の扉をあけると2

<世界史の扉をあけると>の続編です

【ジェンダー・日本社会・スポーツ】▼困惑しながら10人は思った…[森喜朗発言➡橋本聖子]

 

◆Aさん(男性)

 「マスコミが騒ぎ過ぎだよ。去年、うちの町内会の会長も言ってた。役員に女が増えて、役員会が長くなったって。ま、町内会レベルの意識がずっと政界のトップのほうまでつながってるってことかな。しょうがないよ、それが日本だもの。」

 

◆Bさん(女性)

 「マスコミが騒いでくれてよかった。マスコミが取り上げなかったら、日本社会がかかえている問題が浮き彫りにならなかったと思うの。今回は、ジェンダーのこと、考えさせられた。私自身も子育ての時、女の子らしくとか男の子なんだからなんて言ってきたので、反省してます。橋本聖子さんのことはよくわからないけど、日本にもニュージーランドの首相のような方が出てくれないかしら。」

 

◆Cさん(男性)

 「森は、日本男児の風上にもおけない奴だ。ほんとうの日本男児は、あんな差別発言はしない。記者会見でも、いつまでもぐだぐだ言ってたしな。これっぽっちも潔さがない。女々しいぞ、森。菅も二階も含めて、今の日本の政治家に、志士はいないな。金や権力を手にしたい奴らばっかり。志が低いから、ああいうことを言うんだ。ジェンダーとかなんとかどうでもいいが、オレたちほんとの保守派はな、大和なでしこが言うことを尊重してるよ。」

 

◆Dさん(女性)

 「オリンピックにあんまり関心ないからさ、知らなかった、森っていう人がまだやってたなんて。ああいう男とは闘わないとダメ。ああいう男はどこにでもいるからね。50年前もひどかったのよ。全共闘の連中はまだよかったけど、新左翼セクトなんてひどかったらしいわ。革命叫んで、内ゲバやって、男尊女卑じゃ、話になんないでしょ。だから、そのあと、ウーマン・リブが起きたの。今の人に言ってもわかんないだろうけど、これも大事な歴史なのよ。なかなか変わんないけどね。だからさ、こんな年になっても、まだ闘ってるの。橋本聖子? 選手の頃は輝きがあったけど、今は政治家の顔になってきちゃった。小池も丸川も、顔つきがね。」

 

◆Eさん(男性)

 「森喜朗という人は、旧い日本社会の代表みたいなものだった。結局、森に可愛がられてきた橋本聖子が跡を継いで、旧い日本社会は続いていくんだろうね。頑張ってもらうしか、しかたがないんだろうけど、なんかダークな感じ。みんな遠慮して言わないようだけど、橋本のセクハラ・パワハラのほうが、森の発言より重大だったと思うよ。あの時、ほんとうは政界・スポーツ界を去るべきだったんじゃないの、橋本は。」

 

◆Fさん(女性)

 「橋本聖子さんはしっかりやってくれると思う。過去のこといろいろ言っても始まらないし。完璧な人っていないんだから。大切なのは、今でしょ。みんなで盛り立てて、オリンピック・パラリンピックを成功させなくちゃなんないでしょ。あらさがしして文句ばっかり言うのはやめようよ。」

 

◆Gさん(男性)

 「輸入したワクチンの接種開始と新会長選出が重なったが、停滞と混乱という、今の日本を象徴していたと思う。コロナ対策の切り札などと言っているが、日本はワクチンを自前で開発・生産できない国になってしまったという現実。多分ワクチン供給は遅れに遅れて、高齢者の接種さえいつ終わるかわからないだろう。そういう国が、国力を無視して、国際的なスポーツ・イベントを開こうとしている。しかも、男女格差が大きい社会のまま。復興五輪などとも言っているが、福島の原発廃炉作業は進まないままだ。児童虐待は増えているし、一人親世帯はコロナ禍で困窮している。矛盾のかたまりのようだ、今の日本は。女性の自殺者が増えている中で、能天気な森発言がなされたことを、忘れてはいけない。橋本聖子会長という弥縫策では解決できないほど、日本社会の病は重いと思う。コロナと酷暑の中でオリンピック・パラリンピックを強行開催したとしても(失敗があっても成功したと宣伝するだろう)、その後の日本は、財政的問題も含めて、矛盾が深まらざるを得ないと思う。令和という美しい元号のもとで、多分、停滞と混乱が続いていく。」

 

◆Hさん(女性)

 「一言だけ。この間友だちとも話したんだけど、森さんの発言は、すごく根深いと思うの。ああいう男たちがたくさんいて大きな顔してるから、女性天皇が実現しないんだってことが、今回わかったわ。愛子天皇が可能になったら、ジェンダー平等でしょ。」

 

◆Iさん(女性)

 「橋本さんが会長になったことは、一歩前進だと思います。でも、形だけの不透明な候補者検討委員会を作って決めるやり方は、従来の政治手法そのものでした。いま、池江さんや大坂さんが頑張っています。その姿を見ると、涙が出るくらいです。橋本さんも、選手時代の気持ちを思い出しながら、仕事を全うしてほしいと思います。世界が見ていますので。」

 

◆Jさん(男性)

 「今回の出来事を見ていて、なにか恐ろしさのようなものを感じました。スポーツの祭典が深く政治と結びついていることが、図らずも明らかになったからです。オリンピック・パラリンピックは、純粋なスポーツの祭典ではなく、もはやスポーツ政治・スポーツ経済といったものに深くからめとられているのです。スポーツ政治・スポーツ経済の利害と無縁ではないということです。ヨーロッパでは、最近スポーツ・インテグリティということが言われているようです。インテグリティは、高潔さ・健全さという意味です。インテグリティという語が必要なほど、スポーツは闇を抱えてしまったということでしょう。いくら考えても、森喜朗という人が、高潔さや健全さと結びついていたとは思えません。」

★仏教のふしぎ・その3<中国での変容、そして日本へ>

※「仏教のふしぎ・その2<大乗仏教密教>」のつづきです。

※「浅学菲才」という語が思い浮かびますが、私なりにまとめてみました。歴史の面白さの一端を感じ取っていただければ、と思います。

 

<仏教の中国への本格的な伝来>

 

★仏教が中国に伝わったのは、紀元前後(前漢末期か後漢の初め)と言われています。この頃伝来したのは、部派仏教でした。

 

★本格的な伝来は、4~5世紀、五胡十六国東晋から南北朝の時代になります。大乗仏教が主流となっていきます。

 

★注目すべきは、華北に侵入した遊牧民の国々が積極的に仏教を導入したことです。遊牧民の国々は、仏教の神秘的な力で国威を高めようとしたのでした。争って西域の高僧を招いたのは、高僧をシャーマンとして考えていたためだと思われます(遊牧民にはシャーマニズムがありました)。

 

★西域のクチャから仏図澄や鳩摩羅什が招かれて来ました。仏図澄は漢人の出家を認めさせ、中国仏教の基盤をつくりました。また鳩摩羅什は、『妙法蓮華経』などの漢訳で知られており、東アジアの漢字圏仏教に絶大な影響を与えました。

 

鮮卑族北魏の仏教興隆策は有名です。一時廃仏もありましたが、北魏は雲崗や竜門の石窟を後代に残しました。

 

華北の仏教は東晋にも伝わり、法顕はインドに赴きました。帰国後の法顕は『涅槃経』の一部を訳しましたが、そこで使われた訳語「仏性」は非常に重要です。法顕の少し後には、華北で曇無讖(どんむしん)が『涅槃経』を漢訳し、法顕の訳語を継承しながら「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)」という訳を定着させました。この句は、日本の最澄にも多大な影響を与えることになります。

 

<仏教と儒教

 

◆仏教が伝来した時、中国にはすでに儒教道教がありました。

 

魏晋南北朝の時代、儒教の影響力はかなり衰えていましたが、儒教の側は仏教を受け入れ難い思想と考えました。次の二つの点で、大きく異なっていたからです。

 

 ① 儒教には「孝」の思想と連動した「家」の思想(祖先崇拝)がありました。しかし、仏教の場合、ガウタマ・シッダールタがそうであったように、基本的に個人の意思で出家します。仏教は、元来は個人重視でした。

 ② 『論語』にもあるように(「いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らんや」)、孔子は現実を見つめることに熱心で、死や死後の世界について論ずることは自らに禁じていました。したがって、「来世」を考える仏教とは相容れませんでした。

 

◆仏教側は、儒教と妥協しなくては中国で布教できませんので、①を受け入れます。僧になることは親や祖先の功徳にもなるのだという考えが生まれました。また、祖先崇拝、「家」の連続性を認めることで、「前世」や②の「来世」の発想につなげていきました。祖先の霊を祭る「盂蘭盆会(うらぼんえ)」(お盆)の習慣は、こうして中国仏教の中に定着し、日本にも伝来しました。

 

◆以上のような仏教側の妥協は、儒教の「修身・斉家・治国・平天下」とも結びつくことになりました。日本古代における「鎮護国家の仏教」は、ブッダの思想から考えると不思議ですが、当時の東アジアではごく普通の考え方であったと思います。

 

◆また、仏教の「縁起」の思想は、個人だけでなく「家」を含めた「因果応報」の考え方となり、広く浸透しました。

 

◆なお、仏教の中国的発展として登場したのが、禅です。もともと禅は、ブッダの悟りの体験そのものの体得を目指しているため、現世利益から独立しているだけでなく(儒教道教との融合から独立しているだけでなく)、荘厳な大乗経典からさえ独立していると言われます。

 

<仏教と道教

 

☆一方、道教には仏教を受け入れやすい面がありました。

 たとえば、

  ① 理想郷としての「桃源郷」という考え方は 、「浄土」に親近性を持っていました。

  ② 理想としての「神仙」(真人)という考え方は、「仏」に親近性を持っていました。

 

☆このため、道教側では、老子ブッダと同一視する考え方が現れました。「老子が天竺に赴き、ブッダとなって戻って来た」とまで言われたそうです。

 

儒教の場合とは違い、道教側は積極的に仏教思想を摂取しました。漢訳仏教用語を多用した、道教思想の補強は、南朝・宋の陸修静によって行われ、隋・唐に引き継がれていきます。(世界史の教科書では、北魏寇謙之が過大に扱われていると思います。)道教寺院では、道教の神仙像と仏像を一緒に祭るようになっていきます。民衆はそのことに何の違和感も持たず、現代に続いています。

 

☆病気治療の祈祷は、太平道五斗米道以来の伝統でした。病気治癒や疫病退散の祈祷などは、仏教側が道教から受け入れたものであったと思います。

 

道教は、儒教の「修身・斉家・治国・平天下」の思想も摂取しました。しかし道教は、仏教や儒教に溶け込んでしまったわけではありません。現世利益を中心としながらも、宇宙の原理としての「道」や「気」の思想は、道教の核となって残ってきました。日本にも伝わった「体の中の気の流れ」という発想などは、道教由来のものです。

 

◆こうして、中国では、儒教・仏教・道教が、融合しながら併存していきました。「三教帰一(三つの宗教の教えは根本的には一つである)」とさえ言われます。

 

 <日本への仏教伝来>

 

◆6世紀の半ば、仏教と儒教を、日本は東アジアの先進思想として受け入れました。ブッダの時代および孔子の時代から、約1,000年が経過していました。(なお、朝鮮三国[高句麗百済新羅]の仏教についても、最近は研究が進んでいるようです。)

 

◆仏教伝来と簡単に言いますが、百済聖明王が日本にもたらしたのは、「仏像と経典」でした。日本人は経典を理解しなければなりませんでしたので、仏教の受容は、漢字文化の受容と一体のものでした。どうしても渡来人の助けが必要だったのです。日本人が漢文を書けるようになるまで、100年以上を要したと思われます。漢字の音読み(中国音読み)・訓読み(和語による読み)、漢文訓読法など、漢字文化の独特の受容が続いていきました。

 

◆古代の日本の場合、三教の中では、仏教の優位性に軸足が置かれました。それを説くために、空海は『三教指帰(さんごうしいき)』を書きました。道教の日本への流入はわかりにくいのですが、それは道教思想が主として詩文(たとえば『文選』)や書画を通して伝わったためだと思います。

 

◆ただ日本の場合は、神々の存在があり、神仏習合という新たな融合が必要とされたのでした。山や岩や大木や滝を「ご神体」としてきた日本人が仏像の礼拝をどのように受け入れていったのか、興味深いところです。金色に輝く像だったため尊崇しやすかったと思われますが、それだけではないようです。もしかしたら、縄文時代土偶への祈りが、人びとの意識の古層にあったのかも知れません。

 

【参考文献】

・高崎直道・木村清孝編『東アジア仏教とは何か』(シリーズ東アジア仏教第1巻、春秋社、1995)

・石井公威『東アジア仏教史』(岩波新書、2019)

神塚淑子道教思想10講』(岩波新書、2020)

鈴木大拙『禅』(工藤澄子訳、ちくま文庫、1987[原著は1965年])

▼いくつかの「遅れた日本」の指標(森喜朗発言から考えること) 【追記:蜷川実花のこと】

 

▼仏教国ミャンマーでは、軍のクーデタに抗議するデモにたくさんの女性も参加していて、勇気づけられています。しかし、日本では、森オリンピック・パラリンピック組織委員会会長の発言で混乱しています。

 

森喜朗の場合、無自覚な女性蔑視が体に染みついているのでしょう。TVに映っているのは、志もモラルも忘れた、みすぼらしい権力者の姿でした。

 

▼こういう時に、いわゆる保守層が毅然と声をあげてくれれば、日本も変わると思うのですが、そうはいかないようです。森発言は「日本の良さ」とかけ離れているように思います。辞め方も、まったく潔さがありませんでした。「桜を見る会」の時も同じでしたが(日本の美しい桜が総理大臣によって汚されたのでした)、日本の保守層の質が低下していると思います。

 

▼森発言だけではありません。日本が世界から遅れていることを示す指標をいくつか挙げてみます。日本に住んでいると自覚しづらいのですが、日本という国の質が低下していることが分かります。未来を切り開く力が弱くなっているのでしょう。

 

新型コロナウイルスのワクチン接種は、すでに70の国・地域で始まっています。

 【 vdata,nikkei.com 】

 ●日本では来週から始まるようですが、接種は遅れているのです。そもそも、日本は自前でワクチンを開発できない国になってしまいました。

 

100病床当たり看護職員数【2017、OECD調査】

  日本       87.1人

  アメリカ    427.6人

  イギリス    308.3人

  フランス    175.3人

  ドイツ     161.6人

 ●以前の記事でも書きましたが、100病床当たり医師数も少ないのです。医療現場が逼迫するのは当然です。保健所数の削減も含めて、政治の責任です。

 

国会議員に占める女性の割合【2020、globalnote.jp 】

  191か国中、147位

 ●「 Gender Equality (ジェンダー平等)」の代表的な指標です。日本は、G20では最下位です。

 

発電量に占める再生可能エネルギーの割合【2017、資源エネルギー庁

  日本      8.1%

  ドイツ    30.5%

  イギリス   27.9%

  スペイン   25.5%

  イタリア   23.3%

 ●ガソリン車は「悪」とされ、EV(電気自動車)の普及が叫ばれています。ただ、火力と原子力で発電した電気を充電してEVで走っても、「善」とは言えないでしょう。EV用のリチウムイオン電池の製造過程でも、たくさんの二酸化炭素が排出されるそうですので、なかなか複雑です。再生可能エネルギーの割合を高めることが、最重要課題だと思います。

 

博士号取得者数【2016、globalnote.jp 】

   1 アメリ

   2 中国

   3 インド

   4 ドイツ

   5 イギリス

   6 ロシア

   7 ブラジル

   :

  10 日本

  11 韓国

 ●自然科学系、工学系、社会科学系の合計です。

 ●博士課程で学ぶ人たちが経済的に困ったり、博士号を取得した人が就職に困るような社会ではどうしようもありません。基礎科学の予算も少なく、やがて日本からはノーベル賞受賞者が出なくなるだろうと言われています。日本学術会議問題にも表れていましたが、学問を大切にしない国は滅びます。

 

▼男女間の賃金格差、食料自給率、人口減少など、もっとたくさんの指標があると思いますが、とりあえず5つで考えてみました。

 

【追記】(2021/02/13)

 今回の森発言騒動で気になっている女性がいます。写真家の蜷川実花です。彼女は組織委員会の理事ですので、発言の場にいたと思います。その後ツイッターで、「背景にある日本社会の問題」と述べたようです。当事者としての切迫感はなく、よくある「識者の感想」のようでした。深く鋭い感性を持っている方だと思っていましたので、残念です。森などが好む「ものごとを弁えた女性」になってしまったのか、森に個人的恩義があって批判を避けているのか、それとももっと深い考えがあるのか、わかりませんが……。

  

▼「日蓮賛美」の危うさ(朝日新聞の「文化の扉」)

▼世界史のブログではありますが、今回は日本の仏教思想を取り上げます。「朝日新聞」の記事がたいへん危ういものだったからです。【最終更新 2021/02/11 】

 

◇「朝日新聞」の文化面(文化の扉)に、「災いの時代に日蓮の教え」という記事が載っていました(2021年2月8日付)。

 

◇危機と日蓮は結びつきやすく、しかも今年は日蓮生誕800年(数え年で)というのですから、タイムリーな記事ではあったと思います。

 

宗教学者島薗進の次のような言葉が紹介されていました。

 

 「浄土系の教えはこの世に対してあまり肯定的ではないが、日蓮系の教えには現世肯定的な面がある。(中略)日蓮の生涯と重ねて、苦難があるのは意義深いことをしているからだととらえる。」

 「格差社会が広がり、生きづらい社会になってきている今、日蓮的な仏教のあり方は見直されていくのではないか。」

 

 ※記者(西田健作)がまとめていますので、都合よく切り取っている可能性があります。

 

◇劇作家・横内謙介は『日蓮の考え方はジョン・レノンの「イマジン」と共通』とまで言っていました。

 

◆識者も新聞記者も、SNSの世界に影響されているのでしょう。ある出来事やある人物の思想の一面だけを取り上げて、耳目を引くように論じることが多くなっています。とても危険な兆候だと思います。

 

◆13世紀後半の元の襲来(記事には「蒙古襲来」という古い用語がそのまま使われていました)の時期に生きた日蓮の「国を救わねば、民を救わねば」という情熱は痛いほどわかります。しかし、日蓮を持ち上げ過ぎるのは危険だと思いますので、いくつか述べておきます(なお私自身は特定の宗派を信仰しているわけではありません)。日蓮を取り上げることは、簡単ではないのです。

 

日蓮の最大の問題は、他宗派への激しい攻撃です。日蓮は念仏を批判しただけではありません。記事ではまったく触れていませんが(日蓮に対しても礼を失したことになるでしょう)、日蓮には有名な「四箇格言」があります[*1]。「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊」という、強烈な他宗派否定です(「無間」とは「無間地獄」の意)。

 

 「日蓮にとっては法華の正法と他の教行が共存するなどということは、絶対にあってはならないことだったのである。」[*2]

 

 「ひょっとしたら日蓮は、ジュネーヴカルヴァンのような神政政治預言者的政治)のようなものを考えていたのかもしれない。」[*3]

 

◆仏教の歴史を見てもわかる通り、仏教内部の多様性の尊重こそ、仏教の最大の特徴でした。多様性の中のゆるやかな統一性という考え方があったからこそ、初期仏教とその経典の中から大乗仏教とその諸経典が生まれ、中国仏教も日本仏教の各宗派も続いてきました[*4]。しかし日蓮の場合、残念ながら、『法華経』の至高性に傾斜してしまいました。

 

◆世界的に「多様性の尊重」が叫ばれる現在、「日蓮の多様性否定の傾向」(「イマジン」とは違います)は、見過ごされてはなりません。それが、「理想と現実との鋭い緊張関係、現実対決の姿勢」[*2]から出たものであったとしても、容認できるものではないでしょう。「日蓮的な仏教のあり方」は批判的に検討されてこそ(たとえば日蓮の「摂受・折伏」の思想を現在の視点から深化させること)、現代に生きるはずです。

 

◆記事には、なぜか、浄土系(念仏系)宗派の考えは間違っているかのように書かれていました。浄土系宗派には取材はしていないようですので、公正さに欠けます。「阿弥陀仏信仰(念仏)はあの世重視」という単純な見方では、「一向宗信徒の領国支配」を説明できません。また、阿弥陀仏信仰(念仏)と法華経信仰(題目)を対立的に捉えるだけでは十分ではありません。両者を対立させることは、むしろ生産的な議論を封じることになってしまうでしょう。必要なのは、次のような視点だと思います。

 

 『彼ら(法然親鸞道元日蓮)は、伝統仏教の欺瞞性をあばき出すとともに、身分や学識や権威とは無関係に、「信心」のみを救済の条件とする信仰体系を築きあげることに成功した。』[*2]

 

 このように大きく共通性を捉えてこそ、鎌倉新仏教全体を現代に生かすことができるのではないでしょうか。

 

◆「四箇格言」に触れずに日蓮を取り上げるなどということは、通常は考えられません。しかし、朝日新聞の記事は、日蓮の「法難」を強調しながら、「四箇格言」(他宗否定)に触れていませんでした。多分、意図的に触れなかったのでしょう。社説や他の記事では「多様性の尊重」を主張しながら、一方で「日蓮の多様性否定の傾向」を覆い隠そうとするのは、許されることではありません。どのような背景があるのかわかりませんが、不十分な日蓮像を意識的に流し、読者を日蓮賛美に誘導しようとしたのです。「歴史の偽造」は、このようにして始まっていくのでしょう。

 

◆現在の出来事も歴史上の出来事・人物も、多面的に取り上げ、フェアにその功罪を論じることこそ、新聞の役割でなければなりません。

 

[*1]「四箇格言」は、高校の「倫理」の教科書にも記されています。 

[*2]佐藤弘夫『鎌倉仏教』(ちくま学芸文庫、2014)

[*3]ひろさちや『日本仏教史』(河出ブックス、2016)

[*4]多様性の中の統一性を基礎づけていたのは、初期経典と大乗経典の「 intertextuality (テクスト間の互換性)」でした【平岡聡『大乗経典の誕生』(筑摩書房、2015)】。これは、諸経典と日本の僧たちが生み出した著作との関係にも当てはまると思います。

 

 

★魔女狩りとルネサンス(與那覇・津田の偏った見方が拡散すると困ります)【最終稿 2/6】

※最終更新 2021/02/06  19:57

(当初の記事よりは、多少まとまったかたちになったかと思います。) 

 

◆2021年1月の「論壇時評」で、津田大介は次のように述べていました。

 

 與那覇潤は歴史学の立場から中井久夫の議論を参照し、各国で反知性主義が広がっていった経緯を具体的に示しつつ、この流れがルネサンス期の西洋社会と似ていたと指摘する。当時は長きにわたって陰謀論に基づく「魔女狩り」が横行したが、この背景にグーテンベルクが開発した活版印刷の普及があったという。ありもしない敵を脳内で作り上げ、誤情報に基づき同じ考えを持つ者がつながり、集団で排除する行為はまさしく「魔女狩り」に他ならない。「グーテンベルク以来の情報革命」と評されたインターネットによって議事堂襲撃が起こされたのは、歴史的な必然だったのだ。【1月27日付「朝日新聞」】

 

◆いくつかの基本的な問題点があります。専門のルネサンス研究の方々は、このような文章にいちいち疑問を呈さないでしょう。そうすると、「魔女狩りルネサンスに関する誤情報」が社会に流れることになります。それでは困りますので、問題点を大きく五つ指摘しておきたいと思います。

 

◆津田が取り上げている與那覇潤の論文は「繰り返されたルネサンス期の狂乱」【「Voice」2021、2月号、PHP研究所】です。首肯できる点もありますが、魔女狩りルネサンスの捉え方はきわめて一面的なものでした。

 

◆また、與那覇潤が依拠している中井久夫の「西欧精神医学背景史」は、『分裂病と人類』(東京大学出版会、1982)に収められています。

 

<1 歴史を大きく見ると>

 

 津田も「長きにわたって」と書いていましたが、魔女狩りルネサンスを単純にイコールで結ばないために、歴史の大きな流れを確認してみます。

 魔女狩りが盛んに行われたのは、13世紀(中世末期)から17世紀(近世末期)までと考えられています。

 ルネサンスは14世紀初めから16世紀前半までです。

 ルネサンス期だけが「狂乱」だったわけではありません。ルネサンスによって魔女狩りが始まったわけでもありません。魔女狩りのピークは17世紀前半ですので、ルネサンスが終わりを告げても、魔女狩りは盛んに行われていたことがわかります。

 與那覇は、中井久夫に依拠して「魔女狩りは1490年代、つまりコロンブスアメリカ到達のころに始まり」と述べていますが、誤りと言うほかありません[*1]。

 魔女狩りという「狂乱」は、ヨーロッパで約500年も続きました。その間に、ペスト大流行、百年戦争ビザンツ帝国の滅亡、ルネサンス、イタリア戦争、宗教改革・対抗宗教改革、大航海、地動説提唱、オスマン帝国との対抗、三十年戦争イングランドの内乱、奴隷貿易の開始など、さまざまなことが起きました。

 魔女狩りが行われた時期は、中世末期から近世までの、長い過渡期でした。この長い、混沌とした過渡期に近代が胚胎しました。

 

[*1]中井久夫の「西欧精神医学背景史」は、もともと半世紀前の1970年に書かれたものです。広い視野と深い思索から書かれていて、現在でも説得力がありますが、誤りもあります。與那覇のように、中井久夫の文章を無謬のものとして取り上げるのは、学問的態度とは言えないでしょう。かえって、中井久夫の精神に背くことになってしまうと思います。 

 

 <2 現在のルネサンス観>

 

 「ルネサンスから近代ヨーロッパが花開いた」という、ブルクハルト的なルネサンス観がまだ残っているかも知れません。このような旧来の見方を前提にすると、「ルネサンス期の狂乱」という言い方が刺激的に響くことになります。しかし、ルネサンスは、「近代ヨーロッパの開花」や「近代的な理性の幕開け」ではありません。<1>で見たように、ルネサンスは「中世末から近世前半」の時期です。「近代」には入りません(近世を「初期近代」と呼べば少し違ってきますが)。500年にわたる、大いなる混沌の中の一時期です。

 「占星術錬金術・新プラトン主義なども盛んな、混沌とした時代の中に、芸術家や思想家や科学者のすばらしい営為を位置づける」というのが現在のルネサンス観です。大いなる混沌の中に、新しい取り組みも輝きもあったのでした[*2]。

 人文主義者は古代ギリシア・ローマ文化とキリスト教の融合を考えていましたが、古代ギリシア・ローマ世界にも魔女はいましたので、撲滅の対象とは考えていなかったと思います。

 與那覇は、中井が「ルネサンス期の西洋社会を、むしろ暗黒面の大きい狂乱のカオスとして」描いている、と強調しています。しかし、このようなルネサンス観は一面的です[*3]。 

 

[*2]この点では、樺山紘一ルネサンスと地中海』(世界の歴史16、中央公論社、1996)が、バランスのとれた良書だと思います。

 

[*3]1970年代はまだブルクハルト的なルネサンス観が一般的でしたので、中井はそのような見方に鋭く異議申し立てをしたのでした。中井の文章は、そのような時代的文脈の中で理解されるべきです。

 

 

<3 むしろ「宗教改革・対抗宗教改革宗教戦争期の狂乱」>

 

 魔女狩りは「暴力のヨーロッパ」[*4]の最たるものですが、通常は、宗教改革や対抗宗教改革・異端審問と関連付けて論じられます。魔女狩りを行ったのは教会・聖職者でした。カトリックプロテスタントを問わず(ルターやカルヴァンも含めて)、教会・聖職者は魔女狩りに熱心でした。「ルネサンス期の狂乱」ではなく、むしろ「宗教改革・対抗宗教改革宗教戦争期の狂乱」と考えるほうが歴史的事実に即しています。

 歴史学者・與那覇は、なぜか「宗教改革・対抗宗教改革宗教戦争期の狂乱」にはまったく触れていません。中井はきちんと触れながら論じていたのですが。

 

[*4]ジャック・ル=ゴフは、中世末期のヨーロッパをこのように表現していました。ヨーロッパ世界の暗部は、現在ではヨーロッパ人自身によって指摘されています。【ジャック・ル=ゴフ『ヨーロッパは中世に誕生したのか?』(菅沼潤訳、藤原書店、2014)】 

 

<4 活版印刷術とインターネットの違い>

 

 グーテンベルク活版印刷術は、何よりも宗教改革に大きな影響を与えました。「活版印刷術なくしてはルターの改革はなかった」とさえ言われています。

 活版印刷術は、魔女狩りにも大きな影響を与えたのでしょうか? 確かに、そういう面はあります。魔女狩りのバイブルとも言うべき『魔女の槌』の出版は1458年でした。グーテンベルク活版印刷術の開発(1450年頃)から約10年後のことでした。

 しかし、『魔女の槌』や類書を読んだのは、民衆ではありません。知識人である聖職者たちでした。当時の識字率(高く見積もっても10%以下だと思います[*5])を考えずに、活版印刷術を現在のインターネットと同列に論じるのは、大きな誤りです。

 識字率が上がり、民衆にもさまざまな知識が広まるようになった18世紀(「啓蒙の世紀」)に、ようやく魔女狩りは終息していきました。

 

[*5]永田諒一『宗教改革の真実』(講談社現代新書、2004)に、もう少し詳しい記述があります。 

 

<5 魔女狩りと議事堂襲撃の違い>

 

 津田は、SNSでつながった魔女狩り的言動が議事堂襲撃につながったと述べていましたが、ここには、明らかに混乱があります。歴史上の魔女狩りは、トランプおよびトランプ支持者の言動とはまったく異なります。次のように整理できると思います。

 

 ●魔女狩りは、当時のエスタブリッシュメントだった教会・聖職者による、民衆への暴力だった。

 ●「連邦議事堂襲撃事件」は、エスタブリッシュメントに対する、特異な「民衆暴力」だった。

 

 これらを踏まえて論じてくれればよかったのですが、津田はこの二つを混線させながら、「歴史的必然」という語まで使ってしまいました。

 

◆以上、問題点を大きく五つ見てきました。歴史は複雑です。現在世界中で反知性主義が横行しているとしても、その文脈で論じることができるほど、魔女狩りは単純ではありません。魔女狩りは、反知性主義によって行われたわけではないのです。キリスト教聖職者という当時の「宗教的知性」によって、民衆の生活に寄り添っていた魔女が「反知性」として徹底的に裁かれました[*6]。この点において、魔女狩りは非常に深刻な出来事だったのです。

 

[*6]『魔女の槌』の2人の著者はいずれも神学者でした(1人はケルン大学神学部長)。彼らは、魔女の行いを、アウグスティヌスにまでさかのぼりながら、「精細なスコラ学的論理によって」立証していたのでした。【森島恒雄『魔女狩り』(岩波新書、1970)】 

 

陰謀論を批判する與那覇・津田によって、魔女狩りルネサンスに関する不適切な見方が流布されるとしたら、まったく皮肉なことになってしまいます。歴史は多面的に冷静に見る必要があることを、あらためて強く感じさせられました。

 

◆なお、「魔女」という語は自明ではありません。なぜ女性が標的とされたのか、なぜ女性が悪魔と結託するとされたのか、「ジェンダーと歴史」に関わる重要なテーマです。

 

蛇足ですが、與那覇潤は、上記の論文で「全世界的な知性の崩壊」や「知の惨状」を声高に指摘し、嘆いていました。危機意識は伝わってきましたが、ふつふつと湧いてくるルサンチマン的な感情を抑えられない、といった感じの文章でした。

 

【緊急事態宣言3週間】▼死者数・重症者数増加、忘れられた「恥の文化」、高まる緊張度

※データは1/30(土)の分まで更新します。

 

<死者や重症者が増え続けています>

 

◆2回目の緊急事態宣言が出されてから3週間です。1日の新規感染者数(全国)は、3割から4割ぐらい減少しました。効果が表れています。

 

◆一方、死者と重症者は増え続けています。

 緊急事態宣言発出の頃と比較してみました。

 (重症者数は、最も少なかった日と最も多かった日の数字です。)

 

  1/ 3(日)~ 9(土)  死者数計   450人

                 重症者数   714人~  827人

  1/10(日)~16(土)  死者数計   454人

                 重症者数   852人~  965人

 

  1/24(日)~30(土)  死者数計   624人

                 重症者数   974人~1,043人

 

 ※現在、1日に亡くなる人は100人前後です。

  このままの状態が続けば、来週中に累計の死者は6,000人を超えるでしょう。

 ※現在、重症者が1,000人を下回る日はほとんどありません。

 ※累計の感染者数は、来週中に40万人に達するでしょう。

 

 

<昔「恥の文化」がありました>

 

自民党の国会議員と公明党の国会議員が、深夜まで銀座の高級クラブを訪れていたそうです。苦しんでいる人たちがたくさんいるのに、医療現場や保健所などで懸命に頑張っている人たちがたくさんいるのに、よくもそういう行動がとれたものだと思います。失職や減収のため「日々生きるのに精いっぱい」という人たちもたくさんいることを、2人の国会議員は知らないのでしょう。というより、知ろうともしていないのでしょう。

 

▼コロナ対策に関わる法律の「改正」で、「違反した国民には罰金」が決まりました(懲役刑は削除されました)。国会議員2人は「陳謝」で済むようです。【2人を守ろうとする人たちは「そのうち国民は忘れるから心配するな」と言っているでしょう。】本当は歳費のカットが行われてもいいくらいですが、そういうことは話題にも上りません。次のような声が聞かれるでしょう、「国会議員として職責を全うしてまいります」。日本の政治風土からすると、次の選挙で、この人たちも当選するのかも知れません。創価学会員の多くは、今回は怒っていると思いますが。

 

▼かつては、ヨーロッパの「罪の文化」に対して、「恥の文化」が日本の特徴だと言われたりしました。昔は「志士」という語もありました。「経世済民」という語もありました。本来の「保守」というのは、このような感覚を持ち続けることだと思っています。

 

▼しかし、今の日本の「保守」や「保守的中道」の政治家には、「恥」の感覚も「人びとを救うという志」もないようです。かつての日本人は、人間の弱さ・愚かさを自覚していたからこそ、「恥」の感覚を大切にしたのでしょう。「志」という言葉に希望や理想を託し、危機に際して自分を奮い立たせたのでしょう。

 

【「絆」という語は消えかかるり、高まる緊張度】

 

▼2人の国会議員の行動は、平成から続く、令和の「濁世感」(濁った世の中という感じ)を際立たせたように思います(平安時代であれば「末法」でしょう)。東日本大震災原発事故(3月で丸10年です)以来使われた「絆」という語はいつの間にか消えかかり、感染した人・家族への誹謗中傷やマスク着用をめぐるトラブルさえ起きています。

 

▼「絆」という語が忘れ去られるほど、社会的・経済的・心理的な緊張度が高まり、国民の中には不満と不安が蓄積されています。それは内閣支持率にも表れました。政府は、去年春頃の「アビガン」と同じく、「ワクチン接種」を意識的に使い、不満と不安を払拭しようとしています。しかし、ワクチン接種もいくつかの難題にぶつかれば(オリンピック・パラリンピックという難題も控えています)、また感染状況が思ったほど好転しなければ(変異型ウイルスの感染が心配されます)、国民の不満と不安はさらに強まるかも知れません。政治的な緊張度が高まっていると思います。

 

 

▼自宅療養者が相次いで死ぬという事態に【コロナ危機】

 

◆昨日(日曜日)の国内の新規感染者数は3,990人でした。2度目の緊急事態宣言発出直後の1月10日(日)は6,095人でしたので、落ち着いてきたように見えます。緊急事態宣言の効果が少し現れてきたのでしょう。今週後半の数字を見てみないと、まだわかりませんが。

 

◆今後、新規感染者数が毎日3,000人台で推移したとしても、医療の逼迫は続きます。長野県松本市のような、地域全体の病院で分担してコロナ患者を診る体制を、全国で早急につくってほしいものです。緊急事態ですので、「うちの病院はコロナ患者は診ない」というわけにはいかないと思います。そうでなければ、体育館のような所に臨時のコロナ病棟をつくって患者を診る以外に方法はありません。

 

◆政府も、専門家も、マスメディアも、現状を「医療崩壊」とは呼んでいないようです。ただ実態は、「入院患者を制限しているので、医療現場の崩壊は食い止められている」という状況だと思います。

 

◆入院者は、現在64,000人余りです。一方、自宅療養の人や療養先調整中の人が急増しています。毎日新聞によれば、自宅療養者が約36,000人、調整中の人が約12,000人に上っています。合わせて約48,000人です。自宅療養者が亡くなったというニュースも相次いでいます。警察庁のまとめでは、自宅で死亡した患者は197人に上るとのことです。

 

◆自宅療養者が相次いで死ぬという事態は、「医療崩壊」でなければ、何と呼ぶべきでしょう? 感染者が多い地域では、自宅や施設で症状が悪化しても、救急搬送さえ困難な状況です。自治体ごとに懸命に工夫をしてくれているようですが、高熱が出ても自宅で耐えているしかない人も多いのです。民間救急に助けを求めざるを得ない人も増えているそうです。

 

◆<治療を受けたくても受けることができない、治療を受けることができずに死んでいく人もいる>、これが日本の現実です。政府の分科会も、無力でした。政府は「入院拒否者への懲役刑」などを検討していますが、そんなことを考えている暇があったら、なんとか病床を増やし、自宅療養者の死を防ぐ努力をすべきでしょう。

 

◆累積の死者数は、すでに中国を上回り、5,200人に近づいています。