◆旧課程の山川「詳説」(世界史B)には、17世紀イギリスの革命について奇妙な記述がありました。内戦~共和政(いわゆるピューリタン革命)期のみ「イギリス革命」と呼んでいたのです。
◆今年度の高校2年生から使用されている「詳説」の記述は、とてもよくなっています。タイトルも「イギリスの2つの革命」となり、いわゆる名誉革命が明解に位置づけられました。
◆「詳説」は、名誉革命(1688~89)が、カトリックのフランス(ルイ14世)に対抗するための、イギリス・オランダ同君連合(プロテスタント連合)であったことを述べたうえで、「イギリスの2つの革命」に入っています。そして、名誉革命直前の状況を、次のように述べています。
「王(引用者注:ジェームズ2世)は、フランスでプロテスタントを迫害していたルイ14世と親密な関係にあったことから、国民のあいだには、フランスへの従属とカトリック化への危機感が高まった。」[*1]
◆イギリスの人びとは、悪夢のような女王メアリの時代の再来を恐れていました[*2]。ただ、オランダのウィレム3世を「一部の政治指導者」が招いたという記述には、疑問が残ります。
◆また、内戦(ピューリタン革命)期にホッブズの『リヴァイアサン』が著されたことはたいへん重要ですが、本文に明記されました[*3]。東書や実教の教科書が、相変わらずロックのみを名誉革命に関連して取り上げているのとは、対照的です。
[*1]このように理解することが大切です。授業では、ルイ14世による「ナントの王令の廃止」が1685年だったことを確認したほうがよいと思います。
[*2]近藤和彦『イギリス史10講』(岩波新書、2013)参照。
[*3]以前「世界史の扉をあけると」で述べていたことが、ようやく実現されました。