世界史の扉をあけると2

<世界史の扉をあけると>の続編です

◆ウクライナ正教会とロシア正教会、そしてウクライナ・カトリック教会

◆ロシア軍によるウクライナ侵略が始まってから(2022/2/24~)、ロシア正教会ウクライナ正教会の対立が戦争にどう影響しているのか、気になっていました。

 

ウクライナ正教会ロシア正教会の管轄下から独立したのは、2018年末でした。この独立を、2019年初めイスタンブールの「コンスタンティノープル総主教庁」(まだこのように名のっています、ギリシア正教会全体の最高権威です)が承認したため、「コンスタンティノープル総主教庁」とモスクワのロシア正教会は厳しい対立に陥りました(「ギリシア正教会の分裂」と報道されました)。

 

ギリシア正教は「一国一教会」を原則としています。したがって、1991年のソ連解体とともに政治的に独立したウクライナ正教会内においても独立することは、自然の流れだったと思います。しかし、ロシア正教会ウクライナの人びとの心を支配しようとしたのです。プーチンが政治的にウクライナ支配下においておこうとしているのと、まったく同じ考え方です(もともとギリシア正教の世界は政教分離ではありません)。モスクワのロシア正教会は、3月上旬、今回の侵略を支持する声明を出し、世界中のキリスト教徒を驚かせ、落胆させました。

 

プーチンは「死んだソ連」に執着していると書いてきましたが、ロシア正教会と一体となって「ルースキー・ミール(ロシアの世界)」を拡大しようとしている点は、ソ連時代と違います(ソ連時代には宗教はネガティヴに扱われました)。プーチンロシア正教会も、「ロシアの世界(ルースキー・ミール)」の拡大のためには、多数の人びとを殺害し多くの都市を破壊することを厭わないのです。「非ナチ化」を求められているのは、プーチンのロシアとロシア正教会にほかなりません。

 

ウクライナには、ウクライナ正教会に属する人々(約6割と思われます)、ロシア正教会に属する人々(2割弱と思われます)のほかにカトリック教会に属する人々(約1割と思われます)がいます。私は詳しく知らなかったのですが、ウクライナカトリック教会は「ビザンツ典礼カトリック教会」で、ギリシア正教の伝統的な儀式を行いながらローマ教皇を最高指導者とするという、不思議な教会です。

 

ウクライナの「ビザンツ典礼カトリック教会」は、16~17世紀にウクライナ西部がポーランド(東欧最大のカトリック国です)の支配下におかれたため、形成されました。多分、当時のポーランドの支配者が、強力に改宗させようとはせずに、従来の信仰の形は認めながらローマ教皇に従うことを求めたため、シンクレティズム(2つの宗教の混淆)が生じたのでしょう。

 

◆西スラヴ人ポーランド人、チェコ人、スロヴァキア人)とマジャール人ハンガリー人)まで広がっていたカトリック圏が、東スラヴ人ウクライナ人、ベラルーシ人、ロシア人)のギリシア正教圏の西端に食い込んだことは、きわめて重要な出来事だったと思います。ウクライナ西部が、カトリック教会を通じてわずかながら西ヨーロッパとつながったからです。

 

◆歴史的に形成された西ヨーロッパとのわずかなつながりが、ウクライナ人の中にEU志向・NATO志向を作動させたのかも知れません。また、今回、ウクライナから国外に逃れた人びとの6割がポーランドに集中しているのは、以上のような歴史があったからだと思います。

 

◆なお、ゼレンスキー大統領はユダヤ系ですが、その信仰については詳らかでありません。ただ、イスラエルとのつながりは無視できませんし(欧米諸国や日本と同様、イスラエル議会でもオンラインで演説しました)、アメリカをはじめ世界各地のユダヤ人が陰に陽にゼレンスキー大統領を支援していると思われます。

 

◆東欧~ロシアでは政治と宗教が複雑に絡み合っていることを、あらためて認識させられています。

 

 

【以下の文章を参考にしました。】

 

●今井佐緒里「宗教の境界で三分するウクライナ:ロシアとの宗教対立」[ Web上のYahooニュース、2022/3/26 ]

 

●郷冨佐子「対立する国家 巻き込まれる信仰」[朝日新聞 2022/3/27 ]

 

郷冨佐子の文章の「巻き込まれる信仰」というタイトルは、適切ではありません。「政治と宗教は別」という前提で書かれているようですが、上に述べたように実態は違います。また、ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世を持ち上げて文章を閉じるという書き方は、とても新聞記者的なものでした。ヨハネ・パウロ二世(ポーランド人)は立派な方だったとは思いますが、「無謬の聖人」のように取り上げるのは考えものです。彼は、カトリック圏が東スラヴ世界(ギリシア正教世界)に食い込んでいることを、喜ばしく思っていたに違いないのですから。