世界史の扉をあけると2

<世界史の扉をあけると>の続編です

★「世界史探究」教科書の検討7[中国における道教の成立]

 

山川出版社の「詳説世界史」、東京書籍の「世界史探究」、実教出版の「世界史探究」を比較・検討しています。

 

◆今回は、中国の道教を取り上げます。「今までの中国史儒教と仏教に偏っていたのではないか」という反省が、私自身にあるためです。道教の成立期に焦点をあてて考えてみます。道教の成立は5世紀とされています。

 

◆3冊の教科書は、旧課程の「世界史B」と同じく、道教の成立については北魏華北鮮卑王朝)の寇謙之だけを取り上げ、江南[*1]の道教の動きには触れていません。この点では、まったく進歩がありませんでした。

 

東晋南朝の時代の江南でも、道教の大きな動きがあったことは、道教の成立を考えるうえでも、江南の歴史を考えるうえでも、とても重要です。寇謙之は太武帝(位423~452)の時代にだけ道教を国家宗教にしましたが、江南の道教老子の思想や民衆の信仰により深く根差していたように思われるのです。

 

◆たとえば、丸橋充拓は『江南の発展』で次のように述べています。

 

 「(東晋南朝期に)儒教の相対化は、道教・仏教の興隆という面からも進んだ。道教では、陶弘景(456~536)が茅山(江蘇省)を拠点に活動し、茅山派(上清派)を大成した。梁の武帝の顧問としても活躍し、『真誥』など多数の書物を著した。」[*2]

 

◆また、神塚淑子は『道教思想10講』で、南朝・宋の陸修静(406~477)についても詳しく解説しています[*3]。東晋南朝期の道教が仏教から学んで(北魏寇謙之は仏教を排撃しました)教理を整えたことは、非常に重要だと思います。

 

◆高校の教科書ですので詳細に述べる必要はありませんが、六朝文化の項で(たとえば法顕について述べたあとで)「道教においても、仏教の影響を受けながら教理が整備された」というように記述することは十分可能だと思います。

 

南朝における道教の発展は、北朝唐王朝にも大きな影響を与えました。神塚は「唐代は中国の歴史上、道教文化が最も栄えた時代である」[*3]と述べ,、玄宗道教信奉など、唐代の道教について詳しく叙述しています。3社の教科書は、いずれも唐代の道教に触れてはいますが、儒教や仏教、景教などに重点をおいた記述になっています。

 

◆これからの世界史では、中国史における三教(儒教・仏教・道教)のとらえ直しが必要だと思います。日本では神仏習合が進みましたが、中国でも習合が起こりました。中国では、仏教が儒教を摂取しながら、また道教が仏教・儒教を摂取しながら、儒・仏・道の習合が進んでいったのではないか、大雑把ですが、そんなふうに考えています。

 

[*1]「江南」は、一般的には長江下流域を指す語です。山川・詳説は、注でていねいに説明しています。

 

[*2]丸橋充拓『江南の発展 南宋まで』(シリーズ中国の歴史②、岩波新書、2020)  

   ※著者の中国史全体の捉え方も説得力に富んでいて、とても参考になります。

 

[*3]神塚淑子は『道教思想10講』(岩波新書、2020)  

   ※なかなか捉えがたい道教の思想をていねいに解きほぐした、すばらしい本です。