世界史の扉をあけると2

<世界史の扉をあけると>の続編です

★道教のふしぎ ③(神塚淑子『道教思想10講』について)

 

神塚淑子道教思想10講』(岩波新書、2020)については①・②でも触れてきました。入門書に近いものと思いながら手に取りましたが、とんでもありませんでした。概説書ではありますが、広く深い内容を含んでおり、たくさんのことを学ばせていただきました。

 

◆私が特に注目したのは、道教の次の思想でした。

  A 宇宙論(第2講、第4講)

  B 救済思想(第5講)

  C 生命観(第3講)

 A~Cについて、本書の記述を紹介しながら、他の宗教や哲学と簡単に比較してみたいと思います。

 

【A 宇宙論について】

 道教宇宙論は、『老子』の思想を原理としています。「道」を根源として「気」によって宇宙が生成するという考え方が紹介されていました。最も興味深い点は、儒教の祖である孔子にも、仏教の創始者ブッダにも、宇宙生成論はなかったということです。

 宇宙の始原を考えるという点では、ユダヤ教キリスト教イスラームと共通性があります。ただ、『旧約聖書』では人格神によってまず光と闇とが分かたれますが、道教では「気(根源的なエネルギー)」によって天と地が分かたれます。

 『老子』の「道」は、一般的な意味での神話的説明ではないでしょう。非神話的に根源的なものを考えているという点では、古代ギリシアの自然哲学者たちのアルケーとも共通性があるように思います。

 

【B 救済思想について】

 本書を読むまでは、道教を単なる現世利益の宗教と考えていましたが、誤りでした。すでに後漢末の太平道にも五斗米道にも、「犯した罪」という考え方があったことには驚きました。キリスト教とは違い、当初は「犯した罪により病気になった」という考え方でしたが。

 しかし、「終末的な大混乱を経て天地が再生し、その時に救済が行われるという考え方」は、キリスト教の終末論や仏教の末法思想ブッダの思想ではありません)と共通です。

 また道教は、「天地のめぐりによる救済」というもともとの考え方をベースに、大乗仏教衆生救済の思想を取り入れたのでした。

 

【 C 生命観について】

 生命観については、割合よく知られているところだと思います。人間の身体も精神も根源的な「気」によってできているとする考え方で、そこから健康法や修養法が工夫されました。医術にもつながっていきます。日本語の「元気」、「病気」、「天気」という語も、道教の影響を受けたものです。

 「心身一如」の考え方は、キリスト教の心身を分離する発想やデカルト心身二元論とは別のものです。中国で発達した禅も、「心身一如」に基づいていると思います。

 

◆第10講では道教の日本への影響について述べられていましたが、ページ数の関係でしょう、やや物足りなさが残りました。日本古代の支配層は、仏教の僧を招いても、道教の道士を招くことはありませんでした。しかし、中国の詩文や書、絵画を通して、また仏教に入った道教の呪術的な要素を通して、道教的なものはかなりの影響を日本文化に与えたのではないかと考えています。

 

◆本書が触れているわけではありませんが、私にとっての謎は、現在の中国の人々の道教信仰と政治体制の関わりです。現在の中国で最も強い影響力を持っている宗教は道教だと思いますが、儒教の影響を受けた秩序観が共産党独裁体制を支えているのでしょうか? 道教の救済思想は家と個人に関するもので、政治体制の変革とは結びつかないのでしょうか? 

 

後漢末の張角太平道を主宰し黄巾の乱の指導者となった)が手に入れていたという『太平経』には、「天」への強い信頼があり、人々が困窮する大混乱の中から「太平の気」が形成されるという思想がありました。「天」は、「自由」も「民主」も認めない政府を、人権を抑圧する「人民共和国」を、裁かないのでしょうか?