世界史の扉をあけると2

<世界史の扉をあけると>の続編です

▼朝日・高橋純子の「多事奏論」

※最終更新 2022/7/10 23:08

 

朝日新聞編集委員高橋純子の文章は、「独特な口語体」です。あえてそういう書き方をして個性を出しているのでしょうが、「論を奏でる」ところまではいっていません。

 

▼数年前に高橋純子は、当時の安倍首相の悪口をこれでもかというほど書いていました。昨日、安倍元首相が銃撃されて亡くなったというニュースを聞いて、思い出しました。私は安倍元首相の歴史観・政治観を支持していたわけではありませんが、高橋純子の文章は節度を欠いた恥ずべきものでした。

 

▼6月29日付紙面の「多事奏論」は比較的出来のいい文章だったと思います。彼女の文章のおかげで楠瀬喜多のことを初めて知りました。ただ、「自分本位の一票を投じよ。主権者として力を行使せよ。」と、読者に命令するのはどうかと思います。読者を下に見て啓蒙しようする朝日新聞らしさが出てしまっていました。

 

◆「主権者」とか「主権者としての力の行使」とは言っても、単純ではありません。「主権者としての力の行使」が増えれば(投票率が上がれば)、一定の勢力の拡大につながる可能性も十分にあるからです。私たちは、「民主主義の制度の下での翼賛化」という現象に、直面しつつあるのかも知れません。

 

◆「投票を! 民主主義を!」と威勢よく叫ぶことが正義というわけではないと思います。「棄権する権利」や「棄権せざるを得ない状態の人々」にも留意すべきです。現在の選挙制度や議会への不信(それは正当なものです)から、積極的に棄権する人もいると思います。生活に追われたり家庭が崩壊したりして、「選挙どころではない」という気持ちになる人もたくさんいると思います。

 

▼「やんちゃなばあさん」という心意気が、空回りしては困ります。多角的な見方が冷静に述べられる「奏論」でありますように。