世界史の扉をあけると2

<世界史の扉をあけると>の続編です

▼ウクライナが願うのは「ソ連という亡霊」からの解放(+追記[3/11・12・13])

[*]の部分は追記です。本文も、一部書き加えてあります。(3/11 19:00台、3/12 20:00台および3/13 16:00台)

 

▼残虐なプーチンによるウクライナ侵略開始から2週間が経ちました。爆撃で破壊された街、燃える家屋、砲撃に憤りながら必死で避難する人々などの映像を見ると、胸が苦しくなります。[*1]

 

▼いま起きているのは、東スラヴ民族同士の異常な戦争です。なぜプーチンはこのような惨状を引き起こしているのでしょうか?

 

▼考えてみると、今年はソ連ソヴィエト社会主義共和国連邦)が成立してからちょうど100年にあたっています。プーチンは、それを意識しながらウクライナ侵略に踏み切ったのでしょうか?

 

ソ連(1922~91)とウクライナ> 

 

ソ連は、1922年、ロシア、ウクライナベラルーシ、ザカフカースの4か国で成立しました(のちに15か国まで拡大)。この4か国が当初の構成国だったことは重要です。ソ連は、各国平等の連邦ではありませんでした。ボリシェヴィキ赤軍ウクライナベラルーシ、ザカフカースを支配して成立させました。ウクライナはヨーロッパ有数の穀倉地帯であり[*2]、石炭・鉄鉱石に恵まれた工業地域もありました。オデッサという重要な港もあります。ソ連の中に囲っておく必要があったのです。

 

◆この歴史に、プーチンは異常なほど強く執着しています。ソ連復活を目論むプーチンは、2008年、ザカフカースジョージアに侵攻しました。そして2014年クリミア半島を併合し、いまウクライナに侵攻しているのです。プーチンと同じように国内の民主派を弾圧しているルカシェンコのベラルーシは、ロシアの忠実な同盟国です。

 

ソ連とは「ソヴィエト帝国」のことであり、ボリシェヴィキロシア共産党による他国・他民族支配(帝政ロシアから引き継いだものです)にほかなりませんでした。ウクライナは、帝政ロシア時代からソ連時代まで、ロシア支配下におかれてきたのです。しかし、ペレストロイカ~東欧社会主義圏崩壊・冷戦終結という大変動の中で、ウクライナも1991年独立し、ソ連は解体しました。ウクライナは、しだいにロシアから距離をとるようになり、現在にいたっています。[*3]

 

<「ウクライナはロシアの一部」という観念>

 

プーチンは精神状態に異常をきたしているという見方もありますが、「ソ連という亡霊」に、「ウクライナはロシアの一部」という観念にとりつかれているのです(習近平が「台湾は中国の一部」という観念にとりつかれているように)。そのような考え方に立てば、『「ロシアの一部であるウクライナ」のEU加盟やNATO加盟などあり得ない』ということになります。したがって、ロシア国内で政府批判をする人たちを徹底的に弾圧してきたように、プーチンウクライナを「ロシアの一部」として支配下におくまで(傀儡政権をつくりロシア軍が駐留するまで)、戦争を続けるつもりなのだと思います。「ウクライナの非軍事化」などという理不尽な要求を突き付けていることにも、それはよく表れています。子どもを含む、多数のウクライナ市民の犠牲など、眼中にないのでしょう。

 

ウクライナの人々によみがえる「コサックの魂」>

 

◆念願の独立を達成して30年余り、もちろんウクライナは独立した主権国家です。ウクライナの人々は「ソヴィエト帝国」的な歴史意識を正面から否定するようになりました。「ソ連という亡霊」からの解放を願うようになりました。その先頭にゼレンスキー大統領が立っています。「徹底抗戦」は言葉だけではないでしょう。ウクライナの人々には、かつての「コサックの魂」が、草原地帯の独立不羈の精神が、よみがえっているように思われます。多分、プーチンは「コサックの魂」を侮ってしまったのです。

 

◆現在、アメリカとヨーロッパ諸国は結束して、避難民の受け入れ、ウクライナへの武器援助、ロシアへの経済制裁を行っています。NATOに加盟していないスウェーデンフィンランドも武器援助を表明しました[*4]。ただ、ドイツをはじめヨーロッパ諸国がエネルギーをロシアに依存していますので、ロシアが天然ガスの供給停止という強硬策に出る可能性もあります。その場合、結束は崩れるかも知れません。

 

◆ロシアは、ウソの情報をまき散らしながら、さらに激しい攻撃を行うでしょう。しかし、たとえキエフが陥落したとしても[*5]、ウクライナの人々は各地で不屈の戦いを継続するでしょう[*6]。たとえロシアが多くの地域を占領したとしても、ゲリラ的戦いに苦しめられ、ウクライナ統治に多大のエネルギーを割かなければならなくなるでしょう。経済制裁も相まって、ロシアの国力そのものも低下してしまうでしょう。

 

◆「ソ連という亡霊」にとりつかれたプーチンは、彼我の歴史意識の違いを理解していません。理解しようともしていません。歴史に学んでいないのです。彼は、「死んだソ連」(国連総会緊急特別会合でのアルバニア代表の演説)に執着して、自ら破滅への道をたどっているように思われます。プーチンは、アナクロニズムに陥って、たくさんの人々の命を奪った非道の政治家として、歴史に記されるようになるのではないでしょうか。

 

[*1]ウクライナから国外に逃れた人びとは、250万人以上に上るようです。その半数以上をポーランドが受け入れています。ポーランドには、18世紀末、ロシア、プロイセンオーストリアに分割支配され、国を失ったという苦い歴史があります。第二次世界大戦後も「ソ連=ソヴィエト帝国」に支配された苦い歴史があります。

[*2]ウクライナ国旗の「青」は澄んだ空の色、「黄色」は収穫期の麦畑の色です。

[*3]日本では、スターリン批判(1956)以降も、「ソヴィエト社会主義共和国連邦」という名称に騙され続けた研究者が多かったと思います。残念ながら、高校の世界史教科書も、ずっと「ソ連史観=ロシア中心史観」で記述されてきました。多くの日本人がウクライナの歴史と文化に無関心になってしまったのは、そのためです。

[*4]スウェーデンには、18世紀初めに帝政ロシアと戦って敗れた歴史があります(北方戦争)。フィンランドには、第二次世界大戦中にソ連と戦った歴史があります。

[*5]ロシア軍は、キエフ中心部から北西15㎞の地点まで迫っているようです。北と北東からも軍を進めているようです。ゼレンスキー大統領が拘束されるようなことがあってはなりません。処刑される恐れさえあります。

[*6]確たる数字ではありませんが、すでにロシア軍の兵士数千人が戦死しているとも言われています(1万人という見方もあります)。予想以上の戦死者が出ているためでしょう、プーチンはシリアなどの傭兵をウクライナに投入する準備を進めているようです。