世界史の扉をあけると2

<世界史の扉をあけると>の続編です

ゆげひろのぶ「ペスト後に自由」(朝日新聞)は本当?

 

★東大入試問題をもとにした解説で(朝日新聞4月15日付、5月5日付別刷に再掲)、ゆげひろのぶはペストに関して次の3つのポイントをあげていました。

  ①交易によりペストが流行した。

  ②ペスト流行により、ルネサンスに至った。

  ③ペスト流行により、資本主義が芽生えた。

 

★①は当然のことです。②と③は耳目を引くフレーズですが、歴史的に確かなことでしょうか?

★誤った歴史理解が広まってしまうのは恐ろしいことですので、書いておくことにしました。 

 

<ペスト流行により、ルネサンスに至った>?

 ◆「アヴィニョンへの眼差し」でも少し触れましたが、これは、明らかに不正確です。よく知られた歴史的事実が、覆い隠されてしまっています。

 ◆ルネサンスは、ヨーロッパにおけるペスト大流行(1347~51)以前に始まっています。ダンテやジョットが活躍したのは、14世紀の初めです。また、ルネサンスについては、「12世紀ルネサンス」を無視して語ることはできないでしょう。

 ◆『デカメロン』の聖職者批判が紹介されていましたが、聖職者の権威はペスト大流行前に失墜していました。教皇ボニファティウス8世がフィリップ4世に捕らえられたアナーニ事件は1303年ですし、フィリップ4世によるアヴィニョンへの教皇(庁)移転は、1309年でした。

 

<ペスト流行により、資本主義が芽生えた>?  

 ◆「芽生えた」という表現でぼかしてあります。批判に対しては、「あくまで芽生えです」と言うかも知れません。

 ◆イギリス産業革命の遠因を、イングランドの中世後期に求めるという単線的な論理になっています。

 ◆イングランドの農民の例が述べられていましたが、イングランドの牧羊業については、フランドルとの関係で論じなければなりません。また、作物が多様化していくのは三圃制と大開墾からです。ペスト大流行後は、ヨーロッパ全体で飼料作物の栽培と肉食の割合が増加したことがわかっています。(これらについては、堀越宏一・甚野尚志編『15のテーマで学ぶヨーロッパ史』[ミネルヴァ書房、2013]をご覧ください。)

◆資本主義の形成という大問題について論じる力は、私にはありません。ただ、生産・流通・消費の変化と連動した、資本のグローバルな展開という面を、捨象することはできないと思います。したがって私は、少なくとも「大航海」以後に、資本主義が形成されたと考えています。 

 

<ペストの流行が、暗く息苦しい中世から明るく自由な近代への転換をもたらした>?

 ◆驚きました。「暗く息苦しい中世から明るく自由な近代へ」という見方は、もう数十年も前から批判されてきた歴史観です。「暗く息苦しい中世」も「明るく自由な近代」も不十分な見方であることは、今は常識だと思っていたのですが。

 ◆ゆげは「ペストは(農民に)経済面でも自由をもたらしたのです」と言っていました。しかし、ペスト大流行後「農民層は分解し、富農と貧農の格差が拡大した」と堀越宏一は述べています(前掲書)。ペスト収束の約30年後に、イングランドではワット・タイラーの乱が起きたのでした。

 ◆「ペスト流行後に自由がもたらされた」などと言うことは、歴史を歪めるものでしょう。この時期に、魔女狩りユダヤ人迫害、農民一揆、都市暴動が相次いだと、ジャック・ル・ゴフは述べていました。(『ヨーロッパは中世に誕生したのか?』[菅沼潤訳、藤原書店、2014])

 

★「フェイク」と言ってもいいような、歪んだ歴史認識が、新聞というメディアを通じて広まるのは恐ろしいことです。 

★問題の多い記事を2度にわたって掲載した朝日新聞の見識を疑わざるを得ません。

★「ペスト後と同様、コロナ後にも新たな自由がもたらされる」という幻想を振りまくことが、ゆげひろのぶと朝日新聞の真のねらいだったのでしょうか?