◇ジェンダーをどう取り上げるかは、歴史学の中心的課題の一つとなっています。「ジェンダー史学」という語も使われるようになりました。
◇今回の「フランス革命と女性」というテーマは、日本では20世紀後半から大きな課題となってきました。近代における家族や子どもの歴史の見直しが進んだことや、オランプ・ド・グージュの「女性の権利宣言」の「発見」が、大きなきっかけだったと思います。ウーマン・リブの影響もあったかも知れません。
<よく考えられている東書、帝国、実教>
◆東京書籍の『世界史探究』と帝国書院の『新詳世界史探究』は、「探究」という科目にふさわしく、「人権宣言」(「人間と市民の権利宣言」)と「女性の権利宣言」(「女性および女性市民の権利宣言」)を並べて載せています。多くの高校生が強い関心をもって2つの宣言を読み比べ、現在の日本のジェンダー状況も考えるのではないかと思います。
◆実教出版の『世界史探究』は、「ジェンダー」と題するコラムを全体で15掲載していて、新しい歴史の見方の紹介に力を入れています(旧課程版の「女性史」を発展させています)。その一つが「女性の権利宣言」で、フランス革命期からナポレオン期にかけての女性の状況を述べています。コンパクトながら、すぐれた概説になっていると思います。
<ジェンダーの視点に欠ける山川>
◆一方、山川出版社の2冊の教科書(『詳説世界史』、『新世界史』)は、グージュについても、「女性の権利宣言」についても、まったく触れていません。本文で述べたり史料として掲載したりできなければ、注でも触れることができるはずですが、それすらありません。なぜこのような無視を続けているのか(以前述べましたが「歴史総合」でも同じなのです)、理解に苦しみます。
◆2冊とも、フランス革命の記述だけでなく、教科書全体としてジェンダーの視点に欠けています。それは、たとえばナイティンゲールやマリ・キュリーの取り上げ方にも表れています(この2人の取り上げ方ですぐれているのは東書です)。また、巻末のさくいんに「女性参政権」あるいは「女性選挙権」という語がないのは、山川の2冊だけです。残念なことですが、「歴史教科書の山川」という看板は今や色褪せてしまいました。
◆『詳説世界史』は、まるで「免罪符」のように、巻末近くに「女性の平等化とジェンダー」という文章を載せています。多分、「ジェンダーに触れないのはまずい」ということになって、編集作業の途中で追加したのでしょう。それとも、最初から「ジェンダーについては最後に述べればいい」という安易な考えがあったのでしょうか? 女性参政権獲得運動を担ったパンクハーストについても述べているのですが、先駆者のグージュなどには触れず、巻末近くでパンクハーストだけを取り上げても、説得力はありません。
◆気の毒なのは、ジェンダーの視点に欠けた世界史教科書を手にしている高校生たちです。歴史をジェンダーの視点から考えるという経験がないまま、大学に進学したり社会人になったりせざるを得ないでしょう。それを避けるためには、山川の教科書を採択した先生たちが、ジェンダーの視点を加えて授業を構成するほかないと思います。
<歴史を学ぶ原点>
◇フランス近代史の研究者・竹中幸史は、次のように述べていました。
「歴史学はただ過去を知るのではなく、現在と未来の問題をより深い次元で理解するために、そして現代に生きる自己の価値観を見つめ直し世界を相対的に把握するために、一度過去に迂回する学問である。」
【竹中幸史『図説フランス革命史』(河出書房新社、2013)のあとがき】
◇歴史を学ぶ際の原点を、再確認させられる文章でした。この原点に照らしても、ジェンダーの視点は不可欠です。