世界史の扉をあけると2

<世界史の扉をあけると>の続編です

▼「日本人ファースト」を歴史から考える

 

▼今回の参議院選挙で「日本人ファースト」という言葉が参政党から発せられ、かなり広がりました。「日本人ファースト」と言われると、愛国心を(多分自尊心も)くすぐられる人たちがいるのでしょう。

 

▼参政党の集会には日の丸の旗も見られました。「日本人」や「日本」を強調しているのに、「日本人ファースト」がアメリカ・トランプ政権のスローガンのマネだということは、ちょっと悲しい感じでした……。

 

▼歴史的に考えると、日清戦争(1894~95)から太平洋戦争(1941~45)まで[「五十年戦争」という呼び方に賛成です]は、まさしく「日本人ファースト」の時代でした。80年前の敗戦は、「日本人ファースト」の帰結にほかなりませんでした。

 

★では、江戸時代までの日本はどうだったのでしょうか? いくつか例をあげて考えてみます。

 

<「日本人ファースト」ではなかった歴史①>

 

●選挙運動期間中思い出していたのは、江戸幕府を開いた徳川家康です。家康は「日本人ファースト」ではありませんでした。よく知られているように、彼は次の2人を外交顧問に任命し、屋敷や領地まで与えていました。

 

  ウィリアム・アダムズ(イギリス出身)

  ヤン・ヨーステン(オランダ出身)

 

●江戸時代を簡単に振り返ります。三代将軍家光の時代以降の貿易統制については、「日本(人)ファースト」政策と呼べないこともないでしょう。しかし、この政策は完全な「鎖国」ではなく、外国貿易の窓口は4か所(長崎、対馬、薩摩、松前)開いていました。長崎には中国人とオランダ人の居住空間も確保されていました。

 

●9世紀末の「遣唐使の廃止」が大きく取り上げられてきたため、10世紀以降の中国との交流が軽視されてきました。しかし、宋からも、明・清からも中国文化は流入してきました。たとえば、室町時代に明から伝わった朱子学江戸幕府イデオロギーとなりました。また、黄檗宗という新たな宗派が明末・清初の僧・隠元によって伝えられ、宇治に万福寺が開かれたのは、江戸時代前半(17世紀半ば)でした。

 

享保の改革で有名な八代将軍吉宗の治世は18世紀前半でしたが、排他的な文化政策はとられませんでした。むしろ逆で、漢訳されたヨーロッパの書物の中国からの輸入を認めました。吉宗のこの政策は蘭学の興隆につながっていきました。

 

<「日本人ファースト」ではなかった歴史②>

 

◆「日本人」そのものも、多角的に検討されてきました。歴史をさかのぼれば、「日本人」そのものがハイブリッドだということが明らかになってきたのです。「純粋な日本人」は存在したことがありません。よく知られた例を3つあげます。

 

  ⅰ 先住のハイブリッドな縄文人朝鮮半島や大陸からの弥生人が加わって、日本人が形成された。

  ⅱ 京都は日本の伝統文化の中心であるが、太秦(うずまさ)は、5世紀に渡来した秦氏が居住したことにちなむ地名であり、広隆寺秦氏の氏寺だった。

  ⅲ 8世紀末平安京に遷都した桓武天皇の母・高野新笠(たかののにいがさ)は、渡来系の氏族の娘だった。

 

【ⅲから明らかなように、「万世一系」は大日本帝国憲法で作られた神話です。伊藤博文らは、そんなことは百も承知の上で、天皇崇拝を国民統合に利用したのでした。】

 

◆ハイブリッドな日本人の形成について、考古学者の亀田修一は、次のように語っています。

 

 「渡来には波があって、弥生時代に少しずつ始まり、弥生の終わりぐらいに一つ小さなピークがきます。そのあと四世紀にはあまり見られず、四世紀の終わりから五世紀前半になると数が大きく膨れ上がります。(中略)有名な好太王碑文にあるように、ちょうど五世紀に入る頃、高句麗が南下して、百済加耶地域から日本列島に多くの人々がやってきた、おそらく実際にそうだったのではないかと思いますね。」

  【吉村武彦編『渡来系移住民』(岩波書店、2020)】

 

<これからの日本>

 

少子化・人口減少・労働力不足に悩む現在の日本には、外国人の受け入れが欠かせません。多分、これから数十年は、外国からの移住者が増えていく歴史的時期なのです。軋轢も生じるでしょうが、日本人は知恵を働かせて共存を実現していくと思います。「日本人ファースト」と言われると、何となく納得してしまう人も少なくないかも知れません。しかし、上記の江戸時代の歴史や先史~古代の歴史を見てもわかるように、外国からの移住者との共存が、むしろ日本人の本来の姿ではないでしょうか。

 

★日本文化の変質を心配する声もありますが、日本文化はそれほど脆弱ではありません。たとえば、明治になって京都にはキリスト教系の学校ができましたが、京都は日本の伝統文化の中心であり続けています。また、「国技」に外国出身の力士や親方が増えていますが、大相撲の伝統は守られています。日本人は、いつの時代も、異文化や外国からの移住者を受け容れながら、より豊かな文化を創ってきたのです。

 

★排外的な感情を増幅させる「日本人ファースト」のような考え方は、国民の間に取り返しのつかない分断をもたらし、かえって政治や経済を劣化させ、日本の衰退を加速させてしまうでしょう。

 

★<外国からの移住者の増加が新たな日本を創る活力となる>、そのような考え方こそ必要だと思います。