世界史の扉をあけると2

<世界史の扉をあけると>の続編です

▼「日蓮賛美」の危うさ(朝日新聞の「文化の扉」)

▼世界史のブログではありますが、今回は日本の仏教思想を取り上げます。「朝日新聞」の記事がたいへん危ういものだったからです。【最終更新 2021/02/11 】

 

◇「朝日新聞」の文化面(文化の扉)に、「災いの時代に日蓮の教え」という記事が載っていました(2021年2月8日付)。

 

◇危機と日蓮は結びつきやすく、しかも今年は日蓮生誕800年(数え年で)というのですから、タイムリーな記事ではあったと思います。

 

宗教学者島薗進の次のような言葉が紹介されていました。

 

 「浄土系の教えはこの世に対してあまり肯定的ではないが、日蓮系の教えには現世肯定的な面がある。(中略)日蓮の生涯と重ねて、苦難があるのは意義深いことをしているからだととらえる。」

 「格差社会が広がり、生きづらい社会になってきている今、日蓮的な仏教のあり方は見直されていくのではないか。」

 

 ※記者(西田健作)がまとめていますので、都合よく切り取っている可能性があります。

 

◇劇作家・横内謙介は『日蓮の考え方はジョン・レノンの「イマジン」と共通』とまで言っていました。

 

◆識者も新聞記者も、SNSの世界に影響されているのでしょう。ある出来事やある人物の思想の一面だけを取り上げて、耳目を引くように論じることが多くなっています。とても危険な兆候だと思います。

 

◆13世紀後半の元の襲来(記事には「蒙古襲来」という古い用語がそのまま使われていました)の時期に生きた日蓮の「国を救わねば、民を救わねば」という情熱は痛いほどわかります。しかし、日蓮を持ち上げ過ぎるのは危険だと思いますので、いくつか述べておきます(なお私自身は特定の宗派を信仰しているわけではありません)。日蓮を取り上げることは、簡単ではないのです。

 

日蓮の最大の問題は、他宗派への激しい攻撃です。日蓮は念仏を批判しただけではありません。記事ではまったく触れていませんが(日蓮に対しても礼を失したことになるでしょう)、日蓮には有名な「四箇格言」があります[*1]。「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊」という、強烈な他宗派否定です(「無間」とは「無間地獄」の意)。

 

 「日蓮にとっては法華の正法と他の教行が共存するなどということは、絶対にあってはならないことだったのである。」[*2]

 

 「ひょっとしたら日蓮は、ジュネーヴカルヴァンのような神政政治預言者的政治)のようなものを考えていたのかもしれない。」[*3]

 

◆仏教の歴史を見てもわかる通り、仏教内部の多様性の尊重こそ、仏教の最大の特徴でした。多様性の中のゆるやかな統一性という考え方があったからこそ、初期仏教とその経典の中から大乗仏教とその諸経典が生まれ、中国仏教も日本仏教の各宗派も続いてきました[*4]。しかし日蓮の場合、残念ながら、『法華経』の至高性に傾斜してしまいました。

 

◆世界的に「多様性の尊重」が叫ばれる現在、「日蓮の多様性否定の傾向」(「イマジン」とは違います)は、見過ごされてはなりません。それが、「理想と現実との鋭い緊張関係、現実対決の姿勢」[*2]から出たものであったとしても、容認できるものではないでしょう。「日蓮的な仏教のあり方」は批判的に検討されてこそ(たとえば日蓮の「摂受・折伏」の思想を現在の視点から深化させること)、現代に生きるはずです。

 

◆記事には、なぜか、浄土系(念仏系)宗派の考えは間違っているかのように書かれていました。浄土系宗派には取材はしていないようですので、公正さに欠けます。「阿弥陀仏信仰(念仏)はあの世重視」という単純な見方では、「一向宗信徒の領国支配」を説明できません。また、阿弥陀仏信仰(念仏)と法華経信仰(題目)を対立的に捉えるだけでは十分ではありません。両者を対立させることは、むしろ生産的な議論を封じることになってしまうでしょう。必要なのは、次のような視点だと思います。

 

 『彼ら(法然親鸞道元日蓮)は、伝統仏教の欺瞞性をあばき出すとともに、身分や学識や権威とは無関係に、「信心」のみを救済の条件とする信仰体系を築きあげることに成功した。』[*2]

 

 このように大きく共通性を捉えてこそ、鎌倉新仏教全体を現代に生かすことができるのではないでしょうか。

 

◆「四箇格言」に触れずに日蓮を取り上げるなどということは、通常は考えられません。しかし、朝日新聞の記事は、日蓮の「法難」を強調しながら、「四箇格言」(他宗否定)に触れていませんでした。多分、意図的に触れなかったのでしょう。社説や他の記事では「多様性の尊重」を主張しながら、一方で「日蓮の多様性否定の傾向」を覆い隠そうとするのは、許されることではありません。どのような背景があるのかわかりませんが、不十分な日蓮像を意識的に流し、読者を日蓮賛美に誘導しようとしたのです。「歴史の偽造」は、このようにして始まっていくのでしょう。

 

◆現在の出来事も歴史上の出来事・人物も、多面的に取り上げ、フェアにその功罪を論じることこそ、新聞の役割でなければなりません。

 

[*1]「四箇格言」は、高校の「倫理」の教科書にも記されています。 

[*2]佐藤弘夫『鎌倉仏教』(ちくま学芸文庫、2014)

[*3]ひろさちや『日本仏教史』(河出ブックス、2016)

[*4]多様性の中の統一性を基礎づけていたのは、初期経典と大乗経典の「 intertextuality (テクスト間の互換性)」でした【平岡聡『大乗経典の誕生』(筑摩書房、2015)】。これは、諸経典と日本の僧たちが生み出した著作との関係にも当てはまると思います。