世界史の扉をあけると2

<世界史の扉をあけると>の続編です

★18世紀フランスの宗教と社会(ナントの王令廃止後、ユグノーは)

 

 ◆ルイ14世のフォンテーヌブロー王令(1685)により、ナントの王令(1598)は撤回されました。この措置は、アンリ4世の暗殺(1610)後のカトリックユグノーの対立に終止符を打ち、ユグノーをフランス国内から一掃しようとするものでした。

 

◆高校の世界史教科書では、次のように記述されています。

 「ナントの王令の廃止(1685年)によって、ユグノーの商工業者が大量に亡命したことで国内産業の発展も阻害された。」【山川「詳説世界史」】

 

◆この時、オランダ、イギリス、スイス、ブランデンブルクプロイセン、新大陸などに亡命したユグノーは、約20万人と言われています。

 

◆私も、授業では、これ以上のことには触れないできたのですが(高校では触れる必要はないと思いますが)、重要なことを見落としてきたと感じています。

 

◆次のような事実を踏まえると、歴史はより興味深いものになるのではないでしょうか。

 ① フランス国内には60万人以上のユグノーが残った。

 ② 18世紀半ば以降、キリスト教信仰は世俗化した。

 

<国内に残ったユグノーは>

 

◇ナントの王令廃止後、国内に残ったユグノーは改宗を強制されました(「新カトリック」と呼ばれました)。しかし、日本の「隠れキリシタン」と同じで、信仰を持ち続けた人びとも多かったのです。都市部では摘発が厳しかったものの(処刑された人、投獄された人も少なくありません)、家庭内の奥まった部屋で少人数の礼拝が続いていきました。

 

◇一方、特に南フランスの農村部では摘発が行き届かなかったため、人里離れた場所で大規模な集会が持たれ、「荒野の集会」と呼ばれました。また、フランス南部のセヴェンヌ地方では、1702年ユグノーによる大規模な反乱が起きました(カミザール戦争)。最終的には鎮圧されましたが、渓谷が点在する山岳地帯で、2年にわたって農民軍がルイ14世の正規軍と対峙したのでした。

 

キリスト教信仰の世俗化>

 

◇18世紀フランスは啓蒙(「理性の光」)の時代でした。モンテスキューヴォルテール、ルソー、ディドロなどの啓蒙思想家が有名ですが、それらのフィロゾーフを生み出す社会的な土壌がありました。サロンやカフェの賑わいだけではありません。出版物の発行が増加し、識字率も徐々に向上していました。農村にも廉価本が出回っていました。

 

◇このような中で、以下のことが起きていました。

  ●宗教書の出版の比率の低下

  ●死後にミサをあげるよう記した遺言書の減少

  ●カトリック教会が禁止していた避妊や婚外出産の増加

  【山﨑耕一「近世のフランス」】

 

カトリックの根強い信仰が続いていた地方もありましたが(フランス革命中に反乱を起こしたヴァンデ地方などはその典型です)、都市部を中心とした、宗教への関心の低下は、カトリック教会とユグノーとの関係にも影響を与えました。

  『(各教区の)司祭たちの多くは、与えられる命令を遵守して「新カトリック」を相手に際限のない紛争を繰り返すよりも、むしろ、彼らと可能な限り妥協して、平和的な共存をはかりたい気持ちになっていたのである。』【木崎喜代治「フランス18世紀のプロテスタント」】

 

◇1761年、ユグノーのジャン・カラスの冤罪事件が起き、ヴォルテールがその無実を訴える活動を精力的に行いました。その中で書かれたのが『寛容論』です。ただ、上記のような状況がありましたので、この事件は例外的に狂信的な事件だったとも言われています。

 

開明的な官僚や司祭たちの活動により、フランス革命勃発の直前(1787)、ルイ16世の「寛容王令」が出されました。まだ信教の自由が認められたわけではありませんでしたが、ユグノーユダヤ教徒の法的地位が保証されたのです。

 

フランス革命期の激しい「非キリスト教化」運動の背景には、以上のような宗教的・社会的状況があったのだと思います。

 

◆メモ程度のものですが、18世紀フランスの信仰を、迫害されたユグノーを中心に見てみました。「ヨーロッパはキリスト教」とは言っても、その歴史にはさまざまの深い襞があることを、強く感じています。

 

【参考文献】

●木崎喜代治「フランス18世紀のプロテスタント」(京都大学「経済論叢」、第150巻2・3号、1992)[ repository.kulib.kyoto.u.ac.jp ]

●長谷川輝夫「フランス・啓蒙の時代」(世界の歴史17『ヨーロッパ近世の開花』、中央公論社、1997、所収)

●山﨑耕一「近世のフランス」(佐藤彰一ほか編『フランス史研究入門』、山川出版社、2011、所収)

●坂野正則「近世王国の社会と宗教」(平野千果子編『新しく学ぶフランス史』、ミネルヴァ書房、2019、所収)