世界史の扉をあけると2

<世界史の扉をあけると>の続編です

★<綿のグローバル・ヒストリー>に学ぶ

 

◆「グローバル・ヒストリーとは?」と考えるものの、グローバル・ヒストリーという語はかなり多義的です。また「グローバル・ヒストリーとは何か」という議論はけっこう混み入っています。混み入った議論を理解するのは大変ですので、私は、広い意味でグローバル・ヒストリーを受けとめ、世界史の授業に役立てたいと思ってきました。

 

◆今回取り上げるのは、アメリカの学者スヴェン・ベッカートの「綿と資本主義のグローバルな起源」(*1)という論文で、グローバル・ヒストリーにおいて肝要な点を教えてくれています。

 

◆モノを取り上げることは、グローバル・ヒストリーの特徴の一つとなっています。砂糖、茶、コーヒーなどの歴史が、その典型です。ただ、グローバルに流通するようになったモノを取り上げればグローバル・ヒストリーになるのかというと、そうではないようです。私たち世界史の教員は、モノを通して地域間のつながりを明らかにできると、それで満足しがちですが、ベッカートは次のように述べています。

 

 「モノの研究は地域間のつながりを際立たせるばかりではない。そのグローバルな関係が歴史の中で変化することにも気づかせてくれる。そこから私たちは、ローカル史、リージョナル史、ナショナル史の理解を深めることができるのである。」

 

 これは極めて重要な視点です。ベッカートは「グローバルなものはローカルなものなしには理解しえないし、逆もまたしかりである」とも述べています。

 

◆また、私たちは、近代世界システム論などに学んでも、往々にして、システムやネットワークとして世界をとらえて満足してきたように思います。国家や権力に着目しなくても世界を捉えられるような錯覚に陥っていたのかも知れません。

 

 「大きな危険となるのは、(中略)ローカルな利害や、ローカル・レベル、ナショナル・レベルで見られる権力分配を重視しなくなるということである。」

 

 権力作用の様相を含めて、ナショナルな歴史やローカルな歴史を分析することなしに、グローバル・ヒストリーは成り立たないということなのだと思います。

 

◆ベッカートは、現在「綿製品はほとんどどこでも入手可能な数少ない製品のひとつ」であり、綿の歴史が「資本主義が成し得た人類の生産性と消費の前例のないほどの大胆で印象的な拡大を」示していることを踏まえながら、綿が資本主義発展に果たした役割を論じていきます。

 

◆その際、資本主義の前進の秘訣を「資本、労働、国家権力の地理的な配置替えをする能力」だと見ています。そして、「資本の所有者の権力と国家権力が行使された結果」、各地でどのような労働制度がとられたか、地方が(たとえばアメリカ合衆国南部が)どのようにグローバル化されたかに焦点を当てていきます。その中で浮上してくるのが、黒人を使用した奴隷制です。砂糖と同様、綿の生産・流通・消費の発展と奴隷制は不不可分でした。

 

 「西洋の経済的先進性を説く高慢な議論を、私的所有権や効率的な国家の存在や法の支配など西洋の方がすぐれているとされる制度に基づいて組み立てて提起するとき、この西洋人が作り出した世界は、土地と労働の莫大な収奪や植民地主義という形をとった計り知れない国家介入や暴力と弾圧による支配によって特徴づけられるものであることを心に留めておく必要がある。」

 

 なお、ベッカートは、「なぜ奴隷制が重要な役割を担ったのか」という問いと同時に「不可欠だった奴隷制がなぜ廃止されたのか」という問いを立て、それぞれに答えを導いていました。

 

◆グローバル・ヒストリーは、グローバル化という現象の中で現れた歴史研究の流れです。しかし、単にグローバル化の現在を称える役割を果たそうとしているわけではありません。グローバル・ヒストリーにとっては、多くの場合、「ヨーロッパ中心史観」の克服は自明のことになっていると言っていいでしょう。したがって、欧米諸国の非欧米地域に対する「暴力」(ベッカートは触れていませんでしたが、この中にはレイシズムや精神的な[宗教的な]圧迫も含まれていたでしょう)をカッコに入れて、グローバルに歴史を見るというわけにはいきません。このことを、ベッカートの論文は強く訴えています。無意識的にせよ、まだ「暴力」をカッコに入れるグローバル・ヒストリーもあるからだと思います。

 

◆ベッカートの論文を読んだ後、イギリスの中学校歴史教科書(*2)を思い出しました。生徒たちが討論し合えるように作られていて、イギリス帝国の「暴力」も直視されていました。もともとの教科書の写真を見ると、表紙に“ THIS IS HISTORY! ”と書いてありましたが、その言葉通りの歴史教科書だったと思います。しかもそれは、見事なグローバル・ヒストリーになっていたのでした。

 

(*1)竹田泉訳、成田龍一・長谷川貴彦編『〈世界史〉をいかに語るか グローバル時代の歴史像』(岩波書店、2020)所収[ベッカートの執筆は2017年]

(*2)ジェイミー・バイロン他『ジ・インパクト・オブ・エンパイア』(原書は2008年の第2版。日本語訳は『イギリスの歴史 帝国の衝撃』前川一郎訳、明石書店、2012)