世界史の扉をあけると2

<世界史の扉をあけると>の続編です

★脅かされる生存権 -新型コロナウィルスで揺らぐ中国・日本-

 

◆新型コロナウィルスによる肺炎の流行は、すでにパンデミックの様相を呈しています。「過度に恐れる必要はない」と言われてはいるものの、ウィルスはかなりの感染力を持っています.。まだ治療薬もワクチンもありません。感染が蔓延している武漢市の致死率は、平均値の3~4倍(5~6%)に上るようです。

 

◆感染源となった中国では、政府がさまざまなプロパガンダを行ってきました。「中国政府はよくやっていますよ」とTV番組で語った、日本の中国専門家もいました。しかし、中国政府の対応は、素人から見ても遅すぎました。初期の対応を誤ったのだと思います。医療体制の不十分さも、明らかになってきています。武漢市や湖北省の状況は、極めて深刻です。中国の他の都市・省・自治区でも、同じような事態が起きているかも知れません。経済へのダメージも甚大です。日本経済・世界経済への影響も広がってくるでしょう。(中国と関係の深い北朝鮮からは、まだ感染者数の発表がありません。かえって、気がかりです。)

 

◆今回の感染拡大で、中国の政治・社会体制の脆弱さが露呈しました。「独裁体制だから抑え込める」といった論調も一部にありましたが、多分逆なのです。「共産党の権威ある指示」で動いてきた地方幹部たちは、多分自分たちで考えて自主的に動けないのです。感染症の実態把握も十分にできていなかったのかも知れません。あるいは、共産党中央を怖れて、正確な報告をためらったのでしょうか? 習近平指導部も、「大国」意識に寄りかかり、感染症を甘く見ていたのだと思います。対策は、後手後手になりました。習近平指導部は「自分たちで考え自主的に行動する」人たちを弾圧してきたのですから、今回の事態は指導部が招いたと言ってもいいのです。

 来年は中国共産党創立100周年にあたっていますが、中華人民共和国自体にヒビが入ることを防ぐため、指導部は今必死だと思います。しかし、「一帯一路」という壮大なプランも、足元から崩れている状況です。SNSでの発言や画像を消していくような体制では乗り切れないでしょう。

 国民の不満は、かなり高まっていると思います。習近平一強体制に変化が生じることはあるでしょうか? 共産党政権の土台が揺らぐことはあるでしょうか? 

 今回の事態を受けて、香港・台湾の中国からの離反が決定的になるかも知れません。

 

◆WHOの「緊急事態宣言」も遅すぎました。中国の意向ばかりうかがい、人間の命を守るための国際機関であることを忘れてしまったかのようです。

 

◆日本政府も、対応が早かったとは言えません。感染症対策は、事前にしっかり準備できていたのでしょうか? チャーター機による帰国者へのバタバタした対応を見ると、非常に心配です。

 全国各地の相談・検査体制、医療体制は大丈夫なのでしょうか? 

 感染者数が急速に増加した場合、隔離のためのベッド数は間に合うのでしょうか? 武漢の突貫工事による病棟建設は、他人事とは思えません。

 地方自治体や病院が自主的に柔軟に動ける余地を設けておかないと、感染拡大を防げないと思います。

 今回の事態で「医療ガバナンス」という語を知りましたが、政府の感染症ガバナンスが問われています(*1)。政府が先手先手の対策をとれないと、人々の生存権[「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」](*2)が脅かされてしまいます。

 「想定外」などという言葉が使われないことを、強く願っています。

 

◆人類は、しばしば感染症に襲われてきました。

 たとえば、紀元前5世紀のアテネでも疫病が広がりました。ペロポネソス戦争中の出来事でした。疫病は指導者ペリクレスの命を奪い、戦争には敗れました。感染症は、政治社会そのものを揺るがすのです。

  感染症の恐ろしさは、ボッカチオの『デカメロン』の冒頭部分に描かれました(*1)。14世紀半ばに猛威を振るったペスト(黒死病)の惨状です。ボッカチオが描いたのは、感染拡大によって人々のモラルも失われていく様子でした。この時は、ヨーロッパで3,500万人が死亡したと言われています(*3)。

  約100年前(1918~19)にも、「スペインかぜ」(インフルエンザ)で多数の感染者・死亡者が出たことを忘れてはなりません。5億人が感染し、8,000万人が死亡しました(*4)。

 

◆感染者数は、1月30日現在では7,830人ですが、まもなく万の単位になるでしょう。最悪の場合は、10万の単位になっていくかも知れません。すでにたくさんの人が苦しんでいます。不安と戦っています。中国の人々と何らかのかたちで連帯したいと思うのは、私だけではないでしょう。

 

◆現在進行している事態は、グローバル化によって感染症のリスクが世界中で高まったことを示しています。人類の歴史は感染症と切り離せないのだという事実を、私たちはあらためて突きつけられています。

 

(*1)「日本国憲法」第25条第2項に関係します。

(*2)「日本国憲法」第25条第1項。

(*3)私が読んだのは河島英昭訳(講談社世界文学全集4、1989)ですが、もちろん岩波文庫などにあります。

(*4)岡田晴恵『感染症は世界史を動かす』(ちくま新書、2006)