◆教科書や資料集には、古代地中海世界における、ギリシア人の植民活動とフェニキア人の交易活動の範囲を表す地図が載っています。
この地図は、多くの授業では、ギリシア人の植民活動で使われると思います。さらに、フェニキア人の植民市カルタゴを確認するためにも使われるでしょう。
◆今回は、ギリシア神話とこの地図を組み合わせながら、ギリシア初期の歴史を、東地中海世界の中で大きくとらえようとする授業です。
◆「ポリスの成立と発展」で植民市を扱った後、以下のような授業を行ってきました。10数年前からです。授業にはいくつかのヴァリエーションがありましたが、今回紹介するのは、「ヨーロッパ」という語から入る授業です。
【 授業を再現してみます。(ポイントのところだけ<板書する>と書いてありますが、実際の授業では、もっと板書が多くなります。)】
★ところで、「ヨーロッパ」という語は、ギリシア神話からきていることを知っていますか? ギリシア神話の「エウロペ」という語からきています。
ギリシアのアルファベットはローマに伝わってラテン文字(ローマ字)になりますが、「エウロペ」をラテン文字で書くと、こうなります<板書する>。
Europe
<何人かの生徒の驚きの声。>
もう、分かった人がいますね。英語読みでは、ヨーロッパですよね。
というわけで、「ヨーロッパ」の語源は、ギリシア語の「エウロペ」です。
ギリシア語の単語がラテン語(ローマの人々のことばです)に入り、そこから英語に入っていったという例はたくさんあります。
後で別の例もいくつかあげますが、こういうことからも、「ギリシア・ローマ文化がヨーロッパ文化の土台となった」と言われているわけです。
★さて、この「エウロペ」は、ギリシア神話では、地名ではありませんでした。
では、「エウロペ」はなんの名まえだったのでしょうか? 次の中から、正しいものを選んでみてください<板書する>。
① ミケーネ時代の怪物
② 主神ゼウスに仕える女神
③ トロイア戦争で活躍した英雄
④ フェニキアの王の娘
<考えたり、話し合ったりする時間をとり、自分(たち)の考えを発表してもらう。>
★正解は、④の「フェニキアの王の娘」です。意外でしたか?
次のような神話が伝わっているのです。<文章を読み上げ、黒板に図解する。>
『ギリシアでは、フェニキアのティルス王アゲノールの娘とみられた。ゼウスはエウロペに心ひかれ、牡牛に変身して近づき、これを背に乗せて海を渡りクレタ島に連れ去った。』
【井上幸治「ヨーロッパ世界の歴史像」】
★ゼウスって、ひどい神さまですね。ギリシア神話の神々は人間みたいで、一神教の神とは違います。
★ただ、この神話から読み取れることがあります。神話は、歴史を反映している場合があるのです。この神話は、ギリシアが、初期において(前8世紀ころ)、フェニキアの文化的影響を受けたことを表しています。
文化的影響の最大のものが、文字です。フェニキア文字を受容することで、ギリシア文字ができました。<資料集の「アルファベットの変遷」を確認させる。>
<板書しながら>最初の4文字を書きます。
Α Β Γ Δ
最初の2文字は、みなさんよく知っていますね。アルファ、ベータ、ガンマ、デルタと読みます。アルファ、ベータは、小文字(小文字は後でできました)のほうが馴染みがありますね<板書する>。
α β
ここから、あることがわかりますよ。いいですか。では、最初の2文字を、大きな声で続けて言ってみましょう。
<生徒たちの「アルファベータ」という声。>
私が言いたいこと、わかりましたか? そうです。「アルファベット」とは、ギリシアの最初の2文字から、できた語です。
これも、ギリシア文字ですよ<板書する>。
Θ Σ π
日本(倭)が漢字を受け入れたのと同じです。
★でも、ギリシアとフェニキアはどんなつながりがあったのでしょうか? ギリシア人は、どんなふうにフェニキア文字と出会ったのでしょうか? 考えてみてください。
<しばし、生徒たちの意見を聞く。>
資料集の「ギリシア人の植民活動」という地図を見てみましょう。
ギリシア人が、黒海から地中海にかけて植民活動・交易活動をしているのが、わかります。同時に(というかギリシア人より少し早く)、以前の授業で話したように、フェニキア人も地中海で広く交易をしていることがわかります。カルタゴという植民市もつくったのでした。
次に、地図で、キプロス島を見つけましょう。このキプロス島あたりで、ギリシア人はフェニキア人と交易する中で、フェニキア文字を知ったのではないかと考えられています。そして、フェニキア文字を改良して、ギリシア文字が使用されるようになりました。前8世紀のことです。
もし…、歴史には if ということはありませんけれど…、もしこのような歴史がなければ、みなさんもアルファベットを使っていなかったかも知れません。
★なお、キプロスは、女神アフロディーテ(ローマではウェヌスとなります、英語のヴィーナスですよ)ゆかりの島です。ここからも、ギリシアが東地中海世界と深く結びついていたことがわかります。ギリシア神話に興味のある人は、図書館で調べてみてください。
★もう一度「エウロペ」に戻ります。
やがて「エウロペ」は、エーゲ海の島々やイオニア地方などは含まない、大陸部(ギリシア本土)を意味する語になっていきます。イオニア地方は、アジアです。アジアの西はじになります。
「エウロペ」がギリシア本土を意味したということは、ギリシア人に「フェニキア文化の恩恵を受けて今のギリシアがある」という自覚があったということでしょう。
前8世紀には、異民族を「バルバロイ」と呼ぶような考え方は、まだなかったらしいです。
★「エウロペ」の意味するところが広がり、現在のヨーロッパを表すようになるのは、中世の時代だということです。
◆新課程の「世界史探究」がどんな科目になるのか、よくわかりませんが、このぐらいの授業は可能ではないかと思います。
◆関心を持たれた方は、いろいろとアレンジしながら、よりよい授業をつくっていただければと思います。
【参考文献】
桜井万里子・本村凌二『ギリシアとローマ』(世界の歴史5、中央公論社、1997)
井上幸治編『ヨーロッパ文明の原型』(民族の世界史8、山川出版社、1985)
呉茂一『ギリシア神話』(新潮社、1969)